【往還集144】7 高齢者講習

運転免許証更新に伴う高齢者講習に行ってきました。
3年に1度、今回で2回目。
すでに体験済みの方もおられるでしょうが、まだの方も多いと思いますので、模様を紹介します。
まず公安委員会から「更新には講習が必要」
の通知書が届く。「混み合うので早めに予約を」
という注意書きもある。さっそく前回と同じ仙台赤門自動車学校に電話したら、早くても数カ月後の12月8日しかとれないとのこと。やむをえずその日(つまり昨日)にしたのですが、ここでまず疑問。
更新のために必要だというならなぜ講習専門所を設けないのだろうか、自動車学校に押し付けるのでは学校も迷惑。
さて車を駐車場に停めて講習室に入る。受講生は自分と同年代の男性の2人だけ。1時20分にはじまり、実習をふくめて終了は夕闇迫る4時でした。
この間担当の先生は全く手を抜くことのない、内容のつまった講義をしてくれました。
(12月9日)

【往還集144】6 入沢康夫氏

新聞の訃報欄で入沢康夫氏の逝去を知りました。
10月15日、86歳。
入沢氏はこの国の代表的詩人であり、賢治研究の第1人者でもありました。
私は賢治学会を通じて何度となくお会いし、その温厚な人柄に触れてきました。
賢治学会には多くの分野の実力者たちが集まります。
その分、かなり我の強い人もいて「この人たち、賢治精神に反しているのでは?」と思わせるような張り合いもありました。
入沢氏は常におだやかでした。
それだけに「ヒデリ・ヒドリ」論争のときはつらかったにちがいありません。
「雨ニモマケズ」の「ヒドリ」は賢治の誤記であり「ヒデリ」が正しいというのが彼の説。
ところが「ヒドリ」が正しいといい張る人もいて論争に発展、マスコミも大きくとりあげました。
詳しい経緯は入沢著『「ヒドリ」か「ヒデリ」か』(書肆山田)にまとめられています。興味のある方は、それをご覧ください。
(11月30日)

【往還集144】5 大隈言道・続

何首かあげてみます。( )は私訳。

「わらはべの手をのがれこし蝶ならむはね破(やぶれ)ても飛(とぶ)がかなしき」(子どもの手から逃げてきた蝶だろうか、羽が破れてもなお飛ぼうとしている、なんと痛々しいこと。)

「おやなけば子さへなくなり世の中のせむすべなさも何もしらずて」(貧窮のあまり親が泣いている、それにつられて子どもまで泣いている、この世の中をどうしたらいいのか何も知らないで。)

「はてもなき山のすそのゝすゝき原とほくゆけるは夕日のみして」
「さをしかのとほざかりゆくかげさへもはてはなくなる山のほそ道」

後者2首はとなり合っている歌です。広々としたススキ野の夕日、そのなかを走りやがては消えていく鹿が詠まれています。宮沢賢治の童話作品「鹿踊りのはじまり」のラストシーンそのものではありませんか。
このような清新な作品を作る歌人が、江戸末期には出現していたのです。
(11月29日)

【往還集144】4 大隈言道

というわけであれこれと調べてきたのですが、最近になって自分にのこされた時間がそう多くないだろうことに気付かされます。
けれど文句をいってもどうにもならないので、最近は『日本古典文学大系 近世和歌集』を読みこんでいます。
平安期や明治期に比べると江戸期の和歌はめぼしいものがない、これが一般的な短歌史観でした。
そういうなかで1980年代に近世和歌研究会が起ちあげられ、ガリ版刷の「江戸時代和歌」を刊行したのは貴重な作業でした。
私自身最初は江戸期をあまり期待しないで読んでいましたが、大隈言道(おおくまことみち)歌集に来ておどろき、これまで見落としていたことを恥じ入りました。
時間があればきちんと書きたいところですが、とりあえずメモだけでもしておきます。 
幕末の大動乱の時代、伝統和歌の影響から脱した歌人が何人か出現する、大隈言道もそういうなかの一人です。
(11月29日)

【往還集144】3 世界への通路

短歌は定型の文学であり、世界規模からしたら辺境の地の小詩型にすぎない。
それを世界文学とか世界思想にするとはどういうこと?
この疑問は当然出てきます。
定型を破壊するほうが早道ではないかという意見もありえます。
が、破壊しても破壊しつくされない魅力のあることも否定できない。
それならば破壊ではなく、逆にきわめることによって、世界への通路を手にする方向があっていいのではないか。
これが私の考えです。結社はやめてしまいましたが、問いを忘れたことはありません。 
宮柊二『柊二初期及び『群鶏』論』と『『山西省』論』を書いたときも、〈優れた歌人〉宮柊二を読み解きたかったわけではない。
最終目標は世界文学たらしめること、そのために〈短歌でありながら短歌を超えること〉にありました。
こういう試みがうまくいったかどうかは、もっと時間がたたなければ見えてこないと思っています。
(11月29日)
私は20代の一時、「短歌人」に入っていました。
学生になって本格的に短歌をはじめようとしたとき、学内には短歌会がありましたがその作風はアララギ調で、こちらの嗜好とは合わないものでした。
もっと革新的で自由で、しかも学割があるのはどれかと探したら「短歌人」が見つかりました。
そこで入会。
結社には歌会があります。旅行もかねた合宿歌会もあります。
私も何回か参加しました。
が、しだいにズレを覚えるようになりました。
「この熱心に議論している人たち、歌を考え、歌をめざしているのだ」。結社だからあたりまえのこと。
だのに自分の思いとはどこかちがう。
私も歌をやろうとしていることにはまちがない、けれど歌の上達をめざしているというよりは、歌をきわめることによって世界文学とか世界思想への通路を探そうとしている。
そのいわくいいがたい発想のズレがあることを自覚するようになりました。
(11月29日)

【往還集144】1 晩秋の湖

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▲葉を落としつくした月山池。

私の定点観測地のひとつは、月山池とサイカチ沼。
往還集には何度も登場しています。今日もまた性懲りもなく書きます。
雪はすでに数度降り、ほとんどの樹木も葉を落としました。
なかで、かろうじて葉を付けているのはブナの木。
色はすべて茶褐色。
その葉全体が、シャラランシャラランと鳴るのです。
はじめ枯葉とは気づかず、このハープのような音色、どこから来るのだろうと不思議でした。
湖のほとりのベンチに腰かけ耳を澄ますうちに、ブナの葉だと気づきました。風が過ぎるたびに、妙なる音色を奏でるのです。
すぐ近くの空中にはキラリキラリと光る線状のものが。
よく見ると日差しに照らし出されるクモの糸でした。
自然のハープの糸と音色。
それに、さざなみとカモの声もまじります。
こうして今年の秋も終わり酷寒の季節へとまっしぐら。
芽吹きのときまで、みなさんさようならというわけです。
(2018年11月26日)

【往還集143】50 日本刀

居合道というのがあります。
藁人形をばっさり切る居合抜きとはちがいます。
居合道とは、武士の時代、刀の使い方を型として洗練させていったものです。
私はかねてより、日本刀に魅かれてきました。1点の曇りもない、純潔の極地としての輝き。
居合道入門の機会が訪れたのは、仙商勤務の30代のときでした。指導してくれる同僚がいたのです。
念願の真剣も手に入れました。
鞘からサッと抜き放ち立ち居をすると、真冬の冷え切った講堂でも汗ばんできます。
2段まで昇進したところで自分は別の学校に転勤して離れてしまいましたが、今でも折々手入れをします。
ところで世の中、急に日本刀ブームというではありませんか。
刀剣展があると、長い行列ができる。
しかも8割が女性で、展示されている真剣をまえに、涙まで浮かべています。
ブームにはほとんど踊らされないたちの自分、この現象をどう解くべきか思案中です。
(11月1日)
東北に派遣されたのは、長州藩士世良修蔵。彼は兵を率いて東名浜に上陸。
戦争回避の申し出も受け入れず、行く先々でやりたいほうだい。
殊に会津への怨恨は強く、徹底して攻めこもうとする。
あまりにも横柄な態度が反感を招き、ついに斬首されてしまう。
というわけで世良は、東北、特に会津地方では悪名高い。
私は何回か会津を訪れています。町内に保存されている旧家も見学したことがあります。そのとき主は

「会津では今でも長州の人間とは婚姻関係を持たない」

と説明。
この恨みの深さにはおどろきました、世良はひどいが会津もなかなかなものだなあと。 
現在も長州嫌いが〈伝統〉になっているのかどうか。
世良の肖像に向って吐き捨てた90翁、もしかしたら父か祖父が、戦争の犠牲者だったのかも。
ちなみに児童文学の先駆者(『小公子』の翻訳者)若松賤子(しずこ)も幼くして会津の戦乱を目撃しています。
(10月31日)

【往還集143】48 戊辰戦争一五〇年

私の隣りにいるのは、90歳ほどの帽子の男性でした。
展示物を見ながらゆっくりと移動していきます。
武士の肖像のコーナーに来ました。

「こいつはいやなやつだ!きらいだ!」

いきなり低声ながら、吐き捨てるようにいい、つぎへ移っていったのです。
仙台博物館で開催中の特別展「戊辰(ぼしん)戦争一五〇年」。
吐き捨てられるほどの肖像とは誰か。
それは、長州藩士世良(せら)修蔵。
戊辰戦争とは何であったかを語りはじめたら「往還集」の範囲を超えてしまいますから、ごくかいつまんでーー。
江戸時代の末期、幕府軍と新政府軍は対立し、何度も戦乱状態になります。
この間の情勢は、きわめて複雑。
新政府軍が有利になり、東北へと攻めてきます。
とりわけ長州藩と対決したことのある会津藩は目の敵にされました。
東北の藩は列藩同盟を結んで戦になるのを止めようとしますが、新政府軍は手をゆるめようとはしない。
(10月30日)
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