【往還集146】6 とんでもないこと

「霞牛通信」は青梅の人武田秀夫氏の個人通信。その84号(2019年9月1日)はいきなりつぎのようにはじまります。

「午後2時。突然、通信を出すしかないなと思った。このところ、なんだか不安でしかたないのである。なんだかとんでもないことが内外に起きそうな気がして不安でしかたないのである。」

令和時代が幕を開けるとき、清新さを祝す言説はあちこちに見られた。
しかし危機的状況、想像の域を超えた惨劇は、改元前後から続発している。
中国軍は香港をつぶしに出るのではないか、台湾まで乗っ取ろうとするのではないか。欧州の状況もガタガタ、アマゾン地帯の火災は止まず、地球全体の温暖化にも歯止めがかからない。もし米中戦争がはじまったなら自衛隊はどうする?さらに世界規模の大戦になったなら、核兵器使用にもはや歯止めがかからないのでは?
このように多くの危機がたまりにたまっている。
(9月8日)

【往還集146】5 産むこと

いがらしみきお氏といえば『ぼのぼの』の漫画家。
その彼が「シリーズ私の一冊」(「仙台文学館ニュース」37号)に最相葉月・増﨑英明『胎児のはなし』(ミシマ社)をあげている。 
なぜ胎児に興味があるか、「私は子どもを産んでみたいと思っている男だからです」と明言している。
自分と同じことを思っている男性がいたんだ!
「短歌研究」2018年5月号は「現代代表男性歌人」特集。エッセイ「男の宿題」を付すことになっている。それに参加した自分、

「子宮に生命の芽を孕み、羊水に浮かべて育て、ときが来れば出産すること」

を願っていると書きました。
それに対して女性側から反発の出たことは意外でした。もっとも産む体験を持たなかった方です。
そのように、とらえ方に凹凸のあるのはやむをえない。
しかし可能なら産むという体験をしてみたかったという思いに変りはありません、この歳になってはもう無理ですが。
(9月7日)
前立腺がんの放射線治療は7月1日にはじまり8月27日に終了。炎暑つづきの日々を何とか通いとおし、終わってみれば〈一夏の経験〉といいたいほどの貴重な期間でもありました。
いずれ作品としてまとめたいので、ここでは特に心に残っている1シーンだけ紹介します。
七夕が近づくと院内入り口に竹と短冊が用意されました。自由に書いて飾ることができます。
それを読むのも楽しみで手帳にもメモしました。
「宝くじが当たり優雅にくらせますように」のような欲深なのもありますが、子どもの感想なのでしょう、
「医者になってここで働く」
「大きくなったらかんごしさんになりたい」もあります。
その他さまざまですが、最も胸を衝かれたのは、幼い字で書かれた
「普通になりますように」
でした。
普通のなかに生活しているときは気づかなけれど誰にとっても普通が一番、君もいつか普通になれますようにと祈りました。
(9月6日)

【往還集146】3 第2の生

横須賀さんのお嬢さんは幼稚園経営に携わっており、「やかまし村」こども園を立ち上げることになった。
それを気仙大工にお願いすることになって、建築関係の事はもとより森林の現状にまで関心を深めていったのです。
上棟式のときの挨拶もつぎのように書き留めています。

「木は植物としてのいのち、木材としてのいのち、という二つのいのちを持っているのです。木は生きものとして、地中に根をはり、幹を立て、空に向かって葉を繁らせ、花を咲かせ、実をならせ、種をつくって子孫を増やしながら木のいのちを生きています。でも、山で生きてきた木はこれからは木材としてのいのちを生きることになるのです。」

樹は伐採されたとき、大地に根を張って生きてきた第1の生を終える、しかし木材として使われるとき第2の生がはじまる。
木材をまえにして尊厳感を覚えるのは、それだったのだと私ははじめて納得しました。
(7月26日)

【往還集146】2 樹

岩手県岩泉町に「岩泉純木家具」があります。
案内書には「三百年生きてきた木を三百年使える家具に 瑞々しくそして温かい木の生命を未来へと受け継ぐために」と。
盛岡市材木町にあるショールームに立ち寄って実物を見たとき、えもいわれぬ感銘を覚えました。
家具はいうまでもなく樹木を伐採し、加工して造られる。つまり、天然の樹はいったん人間の手で生命を断たれる。
ところが目のまえに置かれたイス・テーブル・天板その他諸々は、屍どころか、新たな生命をもった木材として息づいている。
板の表面にそーっとてのひらを当てると、さらにそのことが実感されます。
これはどういうことだろうという問いを、長い間心に温めてきました。
「そうか、そういうことだったのか」と1冊の本に出会って、やっと納得することができました。
それは横須賀和江著『気仙大工が教える木を楽しむ家づくり』(築地書館)です。
(7月26日)
拙作に「いつの間にか視野より消えしタレントが今朝よみがへる訃の人として」があります。
有名人もいつかは忘れ去られ、ある日訃報欄で「こんな人がいたんだ!」と思い出されるという意味。
今朝の「朝日」(7月24日付)にその体験をしました。
明日待子、もと「ムーランルージュ」の人気女優、99歳で老衰死。
私は「あしたまちこ」と覚えてきました。幼少年期の前沢時代、隣は警察署長官舎。そこに少女時代の本名須貝とし子も移転してきて、同じ年の叔母フミと仲良しになりました。
後にスターになり前沢に公演に来たとき、旅館でなく母の実家に泊まりました。
幼い私はこっそりのぞきこみに。
流しで歯を磨き、うがいをしていました。垢ぬけしたブラウスにスカート姿。田舎家にはいかにも不似合いですが、そんなことを気にとめている風でもありません。
スターを目のまえにしたはじめての日でした。
(2019年7月24日)

【往還集145】17 生年

私は結社に入っていないしどの歌人団体にも所属していない。歌の世界の傍流に位置しているだけですが、それでも多くの方々から歌集をいただき恐縮します。
刊行費用がいかほどかよくわかるので、可能なかぎり丁寧に目を通し、依頼があれば書評も書いてきました。
未知の方のは、まず「あとがき」と「略歴」を開きます。
そういうとき「生年」を伏せているのが特に女性に多いと気づきます。
何歳であるかを他人に隠したい気持ちはわかる。公表するかしないかも本人の自由。
しかし短歌の場合どういう時代に生まれ、成育したかは読解のためのヒントになることが多い。
作品と年齢は関係ないという立場もないわけではないが、短歌はその一般論が必ずしも当てはまらない。
それ以前に「隠す」という魂胆が、最近特にひっかかるのです。
というわけで、生年のない歌集の書評はやらないという原則を立てることにしました。
(7月1日)
詩の同人誌に「左庭(さてい)」があります。
その42号の、山口賀代子「外科病棟 C308号室」にとりわけ引きつけられました。
詩の背景について山口さん自身が「つれづれ」に記しています。
先天性股関節変型症が辛くなり、21日間の入院・手術・リハビリをする。隣室には見舞客が来たらしく、笑い声が上る。自分も廊下に出たとき、客たちを目撃する。
その模様はつぎのように描かれます。

廊下へでると たくましい肉体の見舞客たちが
隣室からでてくるところでした
命漲らせ
若さを滴らせ
しずまりかえった外科病棟で
それは残酷なほど新鮮な光景なのでした

ここには病者側と見舞い者側の落差が、静かながら、鋭利にとらえられている。ベッドに仰臥している側からは、外来者が命漲らせている存在と映る。
こういう光景は病院に典型的に生じますが、ふだんの外界にも日常的にあるにちがいありません。
(6月24日)

【往還集145】15 必死に

一昔の大学病院といえば、診察を待つだけで2時間強、薬の処方を待つだけで1時間強かかるといわれました。
今は予約さえしておけば20分前後待つだけ。しかも医師も看護師も、とても親切です。
検査や診察が終了すると会計をするため、ホールに戻ります。各科に散らばっていた人たちもそこに集合します。
その時、毛糸帽をかぶった人、車いすの人、点滴のままの人などさまざまな姿を見ることになります。
会計の窓口の私のまえには若いママが。2歳ぐらいの子をつれ、胸には乳児を抱っこしています。その乳児は口以外の顔面が透明のコルセット状のものですっかり覆われていました。
大勢の人が、生きよう、生かそうとして必死なのだ、それが病院という所なのだと胸がいっぱいになりました。
「このトシで通院39回とはきついけれど、自分も皆さんの仲間に入って挑戦してみようではないか」とはじめて思いました。
(6月19日)

【往還集145】14 ここにも世界が

「往還集」前号に私の前立腺がんのことは書きました。
その後東北大学病院の泌尿器科で改めて診てもらい、IMRT(強度変調放射線療法)でやっていきましょうという方針になりました。
がんの部分に金マーカーを埋めこみ、39回通院して放射線を当てるという治療法です。 
思いがけず大きな総合病院へ行くことになりましたが、それは新たな世界へ足を踏み入れる気分でもありました。
診察を待つ間イスに座っていると、医師・看護師・患者のみならず事務員・掃除夫その他がつぎつぎと往来する。理容室・レストラン・コンビニ・ウイッグ店・郵便局などなどもある。
つまり、この建物ひとつに人間の世界が凝縮されている。
全くないのは、寺院・葬儀関係だけかも。

「そんなこと、当たりまえじゃないか、お前さんは患者として来ているのに、呑気に珍しがっている場合じゃないだろ

と、今わが身を叱ったところです。
(6月19日)
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