【往還集141】20 此岸から彼岸へ

『短歌』「歌壇時評」第4回の題は「往くとき、送るとき」(4月号)。
人は臨死の時間を濃密に生きる、短歌をやる人は形式が自動的に作動して、ぎりぎりまで作歌が可能になるーーと書きました。
それならば息を引き取った後はどうなるかまで、手をのばすことができませんでした。此岸から彼岸へ移ることは信仰を持つ人なら容易、非信仰者はそうはいかない。
けれど私は、4「あの空文庫」に書いたように、彼岸に完全共通語の図書館が存在することを想像できる。
もちろん言語だけでなく、国籍・人種・性差など一切の属性を払拭した〈人間〉としての世界を。
こういう想像を空想ですまされるかどうかといえば、〈否〉です。
大震災に遭遇し、生死の境界がごく薄い膜でしかないと知った体験が、〈否〉といわせます。
私はこの頃、信仰の形をとらなくても同じ境地に立つことは可能なのではないかと考えはじめています。 
(3月13日)

【往還集141】19 賢治短歌

3月24日に岩手大学地域創生フオーラムが開かれる。
鼎談「賢治詩歌のこころを語る 岩手出身の詩人・歌人・俳人の立場から」に城戸朱理、照井翠両氏と共に登壇することになっています。
最近いよいよ出不精になっている自分ですが、岩手と賢治のことならと引受けたのです。かつて『賢治短歌へ』(洋々社)という本も出しているものですから。
ところが我が書ながら、どういうことを書いたかほぼ忘れている。
恥を忍んでこっそり読み返してみました。なんとこまごましたことを、300頁にもわたって書いたことだろうとあきれました。
これでは読む方が大変。刊行当時評価の低かったのも当然。
とはいえ、若き日の賢治の歌には改めて魅せられました。

「対岸に/人、石をつむ/人、石を/積めどさびしき/水銀の川」
「白樺の/かゞやく幹を剥ぎしかば/みどりの傷はうるほひ出でぬ。」

こういう独特の歌が続々と出てきます。
(3月13日)
わが若き日の抒情歌に

「秋の野のまぶしき時はルノアールの「少女」の金髪の流れを思う」

があります。
正式の名称が「イレーヌ・カーン・ダンヴエール嬢」だとは迂闊にも知りませんでした。 
昨夜のEテレ、日曜美術館はこの1作品だけをとりあげていた。
それほどに人気のある絵画なのです。
モデルはパリのユダヤ人銀行家の長女イレーヌ、8歳。
その後苦難の道を歩んだこともわかりました。イレーヌの娘も2人の孫もアウシュビッツで死亡。肖像画もナチス・ドイツに没収される。戦後74歳の本人に返還されるが、3年後に武器商人として財を築いたコレクターの手に渡る。それが現在も保存されている。 
この数奇な経緯と8歳のイレーヌはもちろん関係がない。
だのに透きとおる肌、流れる髪、静かに開かれている瞳、薄水色のドレス、背景の木洩れ日などを見ていると、美しくもかなしい時間の流れが想われるのです。
(3月12日)

【往還集141】17 尊厳感

「うた新聞」3月10日号に、7年を経ての所感「倒木を描きながら」を書きました。 
一部を紹介します。
荒浜の海と陸の境には、長い長い防潮林がありました。それが大海嘯で根こそぎになり、累々たる倒木の景に激変。切断された幹は、無惨そのものの造型です。
やがて復興工事がはじまり、どんどん撤去されていきます。
それが切なくて、写真に撮り、またスケッチし、鉛筆によるイラスト化をはじめました。 
そうしているうちに、倒木がただ凄惨な造型というのではなく、ある尊厳を内蔵させていると感じられるようになりました。
さらに、つぎのような思いも湧いてきました。

〈震災の犠牲者をこれまで悲劇の人たちとばかりみてきたが、息を引き取るわずかの時間をだれもが濃密に生きたのではないないか〉

と。

「私はこの頃、不帰の子たちを犠牲者・弱者とだけ見るのは、失礼だと思うようになった。」

これが所感の結びです。
(3月11日)

【往還集141】16 忘却記念日

こんなにストレスがたまったのでは、そのうちバクハツするのでは。
この怖れを抱えながらも立ち止まるわけにはいきませんでした。
ついに耳鳴りが勃発し、つぎに声帯不作動に陥り、そしてPSA急上昇となったわけです。 
1年間ホルモン療法をつづけて、なんとか安定してきた段階ですが、自分のような例は山ほどある。
あれこれの会合で同輩と会うたびに、病の情報交換がはじまります。心臓に異変が見つかった、がんを治療中、心療内科通院中などなど。
震災の犠牲者数、その後の関連死者数については統計がとられていますが、目下進行中の身体不具合者については、手がつけられていない。
さらに原発被害については、時間を経ないとわからない。直接原発で働いていた人たちも、これからこそが案じられます。
だのに、記念式典が終れば、また長い忘却に入る。
放射能コントロールを装うための忘却記念日、それが今日。
(3月11日)

【往還集141】15 7年

机上には1枚の台紙があります。
「2011年3月11日14時46分」
と記されています。
あれからもう7年。
テレビの追悼式典に合わせて、黙祷してきたところです。
この歳月のなかでの変化は、私の身心に限ってもずいぶんあります。
まず「身」についていえば、ストレスが年々たまり不調となって噴出したこと。
あまりにも膨大な悲しみを、なんとかして発信したいと「短歌の集い 震災詠を考える~被災圏からの発信」のシンポを企画したのは2012年4月1日のことでした。
これに連動して「俳句の集い」が高野ムツオ氏を中心に、同年6月30日に開かれる。 
さらに「詩歌の集い」を高野ムツオ氏・和合亮一氏と自分の3人で2014年3月21日に開催しました。
企画者もパネリストもそして参加者も、たまりにたまったストレスを抱えていました。 それでも「やらねばーー」と、わが身を奮い立たせたのでした。  
(3月11日)
妻「このままでは、犠牲者が出るんじゃない?」
夫「そだね。」

これは午前中の、夫婦のミニ会話。
家内は国会中継をよく見る。
自分はあまり見ず、あとで内容を聞く。
目下の大きな問題は、学校法人「森友学園」の国有地売却をめぐって。
あまりにもひどい売却のしかたなのに、佐川国税庁長官は問題なしとつっぱねつづける。総理も財務相もなんの問題もないといいはる。 
いったいいつからこんなひどい政治になったのだと憤る昨今。
が、こういう政権に大量の票を投じてきたのは確かに国民。
内部には、こんなまやかしを看過できないと考えている担当者だっているにちがいない。 
午後のしごとを終えて、二階から下りてきた自分に

「事件起きたの、知ってる?」

と妻が。
「蔵王が噴火したのか」といったら、夕刊の紙面をバッと開いてみせる。

「森友問題対応 近畿財務局職員自殺か」

の見出し。
午前の予言が的中してしまうなんて。
(3月9日)

【往還集141】13 火薬

ヘーゲルの『歴史哲学講義』(下)をあいかわらず少しずつ読んでいるのですが、時々ギョとする個所に出くわします。「第四部ゲルマン世界」に

「騎士の優勢な武装にたいして、やがて、べつの技術的な手段が発明されることになるのです。」

と書き出され、火薬のことがとりあげられている。
火薬とは武器のこと。この発明によって

「人間を物理的な暴力から解放し、階級の上下をなくす主要な手段となりました。」

ともある。さらに

「むしろ火薬によって、理性的で洞察力のある精神的な勇気が主役の座を占めるようになったというべきです。」

と。ヘーゲルの時代には、先見性ある武器・武力論だったでしょう。
その歴史的価値は認めながらも、背筋が寒くなってくるではありませんか。
現在の武器は技術力さえあれば男女を問わず操作できる。
殺害の感触からも逃れられる。
けれど犠牲になるのはいつでも武器と無縁の無力な人間です。
(3月3日)
千葉由香さんは仙台の出版社「荒蝦夷」の有能な編集者。
『別冊東北学』に「小田原遊郭物語」を連載していました(2000年~2004年)。 
遊郭や遊女といえば、はじめから特殊視あるいは興味本位でとりあげる例が多い。
性差別として男性社会批判の観点からとりあげることもある。
そういうなかで千葉さんは、遊郭の女性たちを等身大の存在として描くことに徹している。

「誤解を恐れずにいえば、身売りとか間引きがあたりまえだった時代は、命なんて今よりずっと安かったかもしれない。でも、一人ひとりの命の価値が低いというわけじゃない。歴史に名を残した人の命と価値は同じよ。」

このような聞き書きもしっかりと記し留めている。
この連載、貴重だから1冊にしてほしいと願ってきましたが、14年の時間をおいて、ついに単行本化されました。
苦界だからといって封印してはならない人間の書、それがこれです。
(3月1日)
時田則雄氏は1946年北海道生まれ。帯広に広大な農地を持ち、百姓を貫いてきました。
百姓といってもこちらの田畑を耕すイメージとはちがう。
トラクターを駆使して、掘りまくり、採りまくるといった感じのようです。
第1歌集『北方論』以来どの歌集も読んできました。
さすがの彼も72歳、肉体労働は相当きついはず。その分、というべきか、今度の第12歌集からは、自然のなかにおのれをゆだねる気息が伝わってきます。

「新しい光が今朝も地にあふれ影がゆつくり動きはじめる」
「おもひきり背筋伸ばして大の字になりをりしあわせとはこんなもの」
「玉葱がつーんと伸びてゐる真上消えそこねたる朝の月浮く」

こういう広大な作品世界はちまちました都市生活の中からは生まれてこない。

「長いながい冬去りたれば野に出でてわれはみどりの炎とならむ」
「かぜに吹かれ雨に打たれて生きて来た いますぐにでも土に還れる」
(2月25日)
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