なにかの会合のおりに「神山睦美という批評家を知ってる?」と聞けば、大半はノーと反応する(自分の出る会合は短歌関係が多いせいもある)。
たまに「知ってる」という返事があってうれしくなるが、「彼の書くこと難しいねえ」とつけたされてがっくり。
という私自身も、彼の博学さ、思索の深さには十分手が届かないところがあります。もっとわかりやすく表現すれば、広く知られる批評家になれるのにと、ひそかに口惜しい思いもしてきました。
けれど彼は、あえて〈売れる〉書き手であることを選ばず、アカデミズムの場とも距離を置き、「在野の文芸評論家」でありつづけてきました。この「在野のーー」は、『日本国憲法と本土決戦』(幻戯書房)の「はじめに」で彼自身が使っている語です。
私はこの1冊を少しずつ読んできて、「そうか彼の思索していることはこういうことだったのか」と合点したところがずい分あります。   
(4月8日)
1冊の句集をまえにして、その世界の多彩さ、重厚さに目を見張りました。
「小熊座」の俳人、春日石疼(かすがせきとう)。1954年生まれで、福島市在住。65歳定年を機にまとめた350句、つまり第1句集です。

「露草や犬を流れる犬時間」
「蟬の穴より晩年の空仰ぐ」
「いつか皆死ぬる安らぎ水中花」
「陸を捨て陸を信じて鶴帰る」
「人黙し地哭び春の雪激し」
「原発爆発映像医院待合冴返る」
「廃炉まで蛍いくたび死にかはる」
「一宇宙一生命体虫の闇」

詳しい略歴はわかりませんが、福島で医業に従事してきた人のよう。生死へのまなざしの深さはそこからきている。
人間の生死を超えて生命体へ、そして全宇宙へと広がる。
しかも身近にした原発事故。「陸を捨て陸を信じて鶴帰る」震災を直接語っているわけではない。けれど捨てようとして捨てきれない鶴の姿にこちらにも重なってくる。多彩かつ重厚な句集が出現しました。
(3月30日)

【往還集145】25 鎌倉仏教・続

早暁に起き、和紙を広げ、古典を書写する、しかも50数年間ほぼ毎日――などというと、禁欲的な修行僧をイメージする人が多いのですが、いえ、いえそんなことはありません。 
早起きは幼児からの習い。
書写といっても20~30分程度。小鳥の声を聞きながら筆を滑らせるのは、ごく自然の呼吸法です。
それに特定の宗教、ましてや宗派を持たない私にとってはどの僧も哲学者と同じ。
道元書写をはじめて日蓮に行き着くまでに11年かかりましたが、この間に旧約・新約も再読していますから、信仰上ではほぼめちゃくちゃ。
けれど、好悪なしに宗教書に向き合っていると、極点においては神も仏も共通していると気づかされることがあります。
そういう場面に遭遇すると、大きな歓びすら感じます。
さて賢治がなぜ『法華経』に熱中したのか、私には長い間、どうしてもナゾでした。今からそろっそろっと足を進めてみます。
(3月26日)

【往還集145】24 鎌倉仏教

鎌倉仏教といえば、法然・道元・親鸞・日蓮。
ほぼ同時代に、傑出した宗教者がこれだけ輩出したのです。

「日本では、鎌倉時代以後、宗教的巨人は輩出していない。」

と宗教学者戸頃重基が断言しているほどです(『鎌倉仏教』中公新書)。
数年かけて源氏書写を終わったとき、つぎは鎌倉仏教にしようと考えたのも、私にとっては自然の流れでした。
まず道元『正法眼蔵(しょうほうげんぞう)』を2008年2月からはじめました。東日本大震災の日々もつづけました。
つぎに親鸞『歎異抄(たんにしょう)』『教行信証』『和讃』を。
そして先日3月17日、日蓮『守護国家論』を終えました。
ここで日蓮の代表作『立正安国論』へ、いやそのまえに法然へ戻りたいところですが、日蓮が最重要視した『法華経』に入りたくなりました。
なぜなら、かの宮沢賢治が全身全霊を打ちこんで信仰した宗派であり、経典です。そのなぞに近づきたくて。
(3月26日)

【往還集145】23 抽象思考・続

この2点はわれわれの時代の中心的問題であり、「同じ問題を彼よりも優雅に解いた思想家はいなかった」と加藤は高く評価しています。
以下、詳細な読解はくり広げられ、こちらもいつの間にかサルトルを読んだ気にさせられていきます。
しかし本を読みもしないのに読んだことにしていいのでしょうか。
それは当然ダメ。近いうちに手に取って再挑戦してみます。
抽象思考に苦手意識を持って自分ですが、「そういうことだったのか」とわかってきた例が他にもあります。
俳句作者の富澤赤黄男もその一人。『默示』は超難解句集とされてきて、事実私も苦戦の連続でした。ところが東日本大震災をくぐった眼で再読したとき、これらは写実句そのものではないかと目を見張りました。

「枯木がひかる わたしの中の風と雪」

大海嘯にいたぶられた海の景そのもの。これはどういうことだったのかと、最近またくり返し考えています。 
(3月24日)

【往還集145】22 抽象思考

私の弱点は抽象思考が苦手なこと。したがって数学ばかりでなく哲学もダメ。
たとえばサルトル。『存在と無』『自由への道』など読んだことはある。けれどほぼチンプンカンプンで挫折。だのに世界的な哲学者として評価されている。きっと自分の頭脳が劣悪なせいだろうと長い間思っていた。
それが加藤周一の「サルトル私見」(『加藤周一自選集7』)を読むにおよんで「そうか、こういうことを考えてきた人だったのか
と、やっと見えてきたのです。
加藤周一は、サルトルの思想世界で評価している2点をあげています。
第1は「具体的・特殊なものと、抽象的・普遍的なものとの間に、絶えず行われる弁証法的な操作」。
第2は「世界の客観的な秩序と個人の経験のかけ替えのなさ、歴史の過程と人生の一回性、その二つの軸の交るところに位置づけられた人間の全体を、いかに理解し、叙述し、意味づけるか、ということ」。
(3月24日)

【往還集145】21 「こちらです」

写真と短歌のコラボ展「3・11の記憶」は仙台文学館にはじまり、3・11メモリアル交流館へ。さらに宮城野区文化センターでも展示してくれることになり、そこに今日行ってきました。
3階の広々とした空間。すぐ近くに、

「こちらです 津波で流され、届けられた写真を展示、返却します」

という標示があります。
矢印に誘われて入ると、大きな箱がいくつも積まれ、5名ほどの方々が汚れた写真を洗浄したり、分類したりする作業をしています。 
整理が終わったファイルを開いてみました。晴の日の写真、生活の1こまの写真などつぎつぎとあります。
まだ手つかずの新しい箱も積まれているので「これはどこの地区のですか」と問うと、「真備町から依頼されたものです」とのこと。 
8年たっても震災は終わっていない、それどころか新しい悲しみは、以後もどこかで起きているのだと、胸迫る思いでした。
(2019年3月13日)

【往還集144】20 性差問題

性差問題について語りはじめたらきりがない。しかもどんなに語っても充足感がない。それはなぜかといえば――とまた語りたくなってとても「往還集」
には収まり切れない。
今回はほんの挿話だけに留めます。
現職時代のこと、職員室の隣に休憩室がありました。
女子教員もいます。不調のときには体を伸ばしたい、妊娠しているときはなおさら。
そのことを考え、室の半分に衝立を設け、女子専用室を設ける事を提案し実現しました。 
ところが1人の先輩男子教員がそこに入って昼寝する。

「ここは女子専用室です」

と注意するとカンカンになって

「男女は平等であるべきだ、部屋で差別するなんてけしからん」


とまくしたてる。
ちなみに彼は思想的には進歩派で男女平等主義者。

「それならトイレも別々にするのはダメなんですか」

と問えば、ますますカンカンになった。
平等が独り歩きするとこういうこともあるという例です。
(1月29日) 
ひとりの選手が世界の舞台に立ち、持てる最高の能力を発揮しようとするとき、出身地や国籍を意識するでしょうか。
なかには国家を背負って悲壮な戦いをする選手はいる。
そのため行き詰まって自裁してしまう悲劇もあった。
しかし自国を離れ、他国人をコーチにするのも常態となっている今日、スポーツはすでに無国境状態になっている。
それにもかかわらず、出場するには国籍が必要で、スポンサーや応援体制がからむことも少なくない。
だから、〈無国籍のただひとりの競技者〉として表舞台に立つことは難しい。
国家自体が前面に出て選手育成するような場合はなおさら困難になる。
世界レベル級の選手になればなるほどこの両者に引き裂かれる。
それをうまく切りぬける知恵も養っていかざるをえない。
大坂なおみ選手に見たのは、知恵にまだ染まらず、辛うじて〈無国籍者〉も保っている輝きだったのではないでしょうか。
(1月27日)

【往還集144】18 国籍の問題

テニスに通り一遍の関心しか持っていない私も、夕べの全豪オープン女子シングルスには釘付けになりました。
チエコのクビドバの長身といい眼光といい、若き大坂なおみの太刀打ちできるところではない。
――と思っていたら、大熱戦の末の大勝利。マスコミならずとも「新しい時代がはじまった!」
と絶賛したくなります。
が、「東洋・日本で最初の世界ランキング1位」
と語りたがるマスコミの口吻には、どうしても違和感を覚えてしまう。
なおみさんの父親はハイチ出身、母親は日本出身ですが3歳でアメリカに移住し、現在も生活の本拠地は向こうになっている。
そういうとき、はたして本人が自分の出身を東洋・日本・大阪と意識するかどうか。
なおみさんの容貌がたまたま東洋人のわくにおさまらないから、そういう疑問が出るともいえますが、スポーツと国籍の問題は、根強く根深くありつづけてきたことでもあります。
(1月27日)
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