【往還集139】50 「ごんぎつね」

町内の公園整備を2班ずつ、土曜日の朝7時から行っています。
私は整備が好きなので勝手に毎回参加しています。
今日の参加者には優しそうな女の子もいました。以下そのときの会話。

「何年生?」

「4年生です」
「4年生の国語の教科書には新美南吉や宮沢賢治が出てくる?」
「はい、「ごんぎつね」をもう習いました」
「かなしい話だったでしょ」
「はい、とても」
「ごんぎつねが兵十さんのいわしを盗むんだよね。でもあとで後悔しておわびにクリとかキノコとか届けるんだよね」
「はい、こっそりと」
「それとは知らずに兵十さんは撃ってしまって、はじめてごんのおみやげだとわかる。かなしいねえ」
「はい、とても」

以下は私の独白。「南吉はどうしてごんが殺される物語にしたのだろう、生きている筋書きでは、名作とならなかっただろうか
。」
新美南吉論に取り組んだ22歳の日にこの1点にこだわり、今日もまたこだわったのです。
(9月2日)

【往還集139】49 不気味さ

Jアラートの報道は、新聞が間に合わなかった分テレビが終日大活躍。午後になるとさすがにうんざりしました。
画面には首相、防衛大臣、官房長官がつぎつぎに現れて、いかに由々しき事態であるかを緊張の面持ちで語る。
私はしだいに不気味さを感じてきました。北のミサイルが不気味というのではない、大騒ぎが茶番だからともちがう。
「大騒ぎしすぎる」とたしなめる野党も識者も、報道には一切登場しなかった。もし登場したら

「緊急事態だというのにお前は〈非国民〉か」

と怒鳴られんばかりの雰囲気が充満していた。つまり、危機であること以外の意見の入る余地のないほどに、報道は一方向へのみ走っていた。
それが不気味だと感じられたのです。
このように身動きのとれない状態にし、それをじわじわと積み重ね、いつしか全国民をがんじがらめの状態にする。
この国は戦中への橋を渡りはじめたのかもしれない。
(8月30日)

【往還集139】48 いきなり

朝の散歩をしているとき、ケータイがいきなりプルルと震えたのです。
また得体の知れないどこかのコマーシャルかと疑いながらも、取り出しました。
すると緊急事態を知らせるJアラート!
北朝鮮がミサイルを強行発射、安全な所へ避難せよというのです。
家に帰ってテレビをつけたら首相が出て、マイクのまえに立っている。
そのときの私の反応を正直に書きます。

1、本当に緊急事態として発信するほどのことか。
2、発信したときは海へ落ちているはずなのに今更どうしろというのか。
3、安全な所へ避難せよというが防空壕だってないじゃないか。
4、海外へ出かけることの多い首相がなぜこの朝にはきちんと官邸にいたのか。
5、政治家は北朝鮮が日本を無差別に攻撃すると本気で思っているのか、在日の人たちだっていっぱい生活しているではないか。
6、つまり、誰かが作為的に危機感を煽っているのではないか。
(8月29日)
私は絵画の勉強を正式にやったことがないので、いつも疑問に思うことがありました。 
それは裸婦をスケッチするということ。
ハダカの写真集ならいっぱいあるのだから、それでやればいいじゃないか、モデル代もかからないですむーー。実際、貧乏画学生は写真集でやる場合もあるようです。
ところが実物をまえに肉眼でとらえたときの深みは、やはりちがう。
ここにはどういう秘密があるのだろうと思案していたとき、陶芸家富本憲吉の一語

「模様より模様を造るべからず」

を知りました。石井僚一作品の鑑賞欄で今井恵子さんが引用しています(『短歌』2017年8月号)。今井さんはこれを座右銘にしているといい、さらに

「模様から造った模様と、実物のスケッチから造った模様の違いは、些事に見えてとても大きい。」

と結んでいます。
「写真をもとにするか実物をもとにするかの差もこれなのだ」とやっとわかりました。    
(8月20日)

【往還集139】46 倒木

荒浜の海辺はかなり整備されましたが、当時の凄惨さを物語る倒木は、今もいっぱい残っています。
なかには造型としても捨てがたいのがある。それをイラストにすることを思い立ってデジカメに収めてきました。
仕事が一段落したので、いよいよはじめようかと目のまえに写真を置き、鉛筆で描きはじめました。
同じ方法で以前にもやったことがあります。深山の倒木の写真をもとにした鉛筆画。われながらけっこう上出来。
今回もその調子ではじめたのですが、なんていうか、上面をなでている気がしてならない。
写真をなぞることからくるのか?
いや、それだけでなさそう、単なる「なぞり」
を、荒浜の倒木たちが許さないのかもしれない、きっと、そう。
もう1度車を走らせて荒浜の海へ。
スケッチブックを広げ、1つまた1つとラフスケッチしてきました。
それと写真を目のまえにして、少しずつ描きはじめています。
(8月20日)
今野勉氏は私にとって未知の人ですが、読み進めながら、この人は自分に正直で人間としての豊かさもあると直感しました。
常に正当だから、というわけではない。まちがいも疑念も何度だって出る、けれど自己を隠蔽せず、合理化もせず、立ち止まってじっと考えては問題を深めるーーその姿勢から来ています。

「間違えないでいただきたいのは、私は倫理は要らないとか許容は要らないとか言いたいのではなくて、作り手が未知なるものへ挑戦していくとき、何をやっていいか、何をやっていけないのかの判断をするのに必要なものは、いかに自由な精神の持ち主でいられるかということである、そう肝に銘じたい、ということです。作り手は、自由な精神の持ち主でありたいものです。」

この一文、ドキュメンタリー領域を超えて、創造という行為の核心をついている。
私は4Bの鉛筆を取り出し、此処に太々と線を引きました。
(8月15日)
NHKスペシャル「禁断の王国・ムスタン」がやらせ、つまり虚偽だとして朝日新聞のトップを飾ったのは1993年のことでした。 
そのときの私の反応は「NHKも悪いことをやる、これでは民放並じゃないか」というのでした。
ドキュメンタリーのみならずさまざまな番組に操作あるいは編集の手が加えられている、それを前提にこちらは視聴している、しかしNHKは汚いことをしないと、いつの間にか〈無謬神話〉を抱いていました。
けれど、NHKがダメで民放ならヨロシイというのはおかしい。
おかしいと思いながら内部事情に疎い私は、なにか宙ぶらりんの気持ちでいました。
最近このもやもやを晴らしてくれる本に出会いました。今野勉『テレビの嘘を見破る』(新潮新書)です。
今野氏は1936年秋田生。TBCに入社、その後テレビマンユニオンを起こして、数々の優れたドキュメンタリーを手掛けてきた人です。
(8月15日)
ところが学校の行事というのは、前年度末にほぼ決まるので途中変更はむずかしい。
それなら学年集会のコンサートということにしてと策を練って、さらにH先生に頼みました。
が、親戚ゆえの照れくささでなかなか動いてくれない。
ぐずぐずしているうちに曲は、1放送局の1番組を越えて、仙台へ宮城へと広まり、あれれという間に全国へ。
ついに大晦日の紅白歌合戦に登場することになりました。

「もう忙しくて、とても学校になど呼べない、それにギャラが急に高くなって、とてもとても」

とH先生は、半ば申し訳なさそうに、しかし半ば誇らしそうに弁解するのでした。
というわけで、全国的にはまだ無名の、しかしなかなかの腕の歌手をわずかの謝礼で呼ぼうという私の策は頓挫したのでした。
その「青葉城恋唄」が今年も七夕の街を流れています。ヒット以来、もう40年というのに、褪せることなく爽やかに流れています。
(8月7日)

【往還集139】42 「青葉城恋唄」

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▲アーケド街の飾り。市内小中学生の合同制作。

いっぱいの胎児たちの下をくぐり、信号を渡ると、今度はアーケード街。
まだ9時前というのに人人人人人。
もうひとつ信号を渡って、旧丸善前へ。
ベンチに座って、再び観光客気分になっていたら「青葉城恋唄」が流れてきました。仙台七夕定番の曲です。
私の思いは、一気に仙台商業高校勤務時代へ飛んでいきました。
1978年に佐藤宗幸さんが唄ってヒットした曲。彼は「FMリクエストアワー」を担当しており、地元では名を知られた歌手でしたが、この1曲で全国区の存在に。
その宗幸さんの親戚筋の人が同僚にいました。
学校では年1、2回講師をお願いして講座を開いてきましたが、まじめな話ではとても生徒がもたない。
そこに「青葉城恋唄」が流れはじめた。
これはヒットするぞと、私の勘は働いた。
そうだ、講演会などやめて宗幸さんの校内コンサートを開こう、まずは、親戚筋のH先生に交渉をお願いしよう。
(8月7日)

【往還集139】41 胎児

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▲ビニール袋に入っている七夕飾り。

今日は10時半から、市の中心部で会議があります。
時間に合わせてゆっくり出かけたりしたら、駐車場が満杯になる。
というのも昨日から仙台七夕がはじまったから。
3日間の人出たるや、魂消(たまげ)るばかりなのです。
そこで8時に家を出、駐車場を確保してから、早めの七夕見物を。よそから訪れた観光客気分も乙なもの。
一番町は北から南へと真っ直ぐに通っている繁華街ですが、アーケードは半分しかない。 
そのない方の商店街では、飾りをビニール袋から出して準備に忙しい。
というのも昨夜は雨になり、濡れないように袋に入れたままにしていたから。
丸い薬玉と長い吹流しが、ビニール袋のなかにくにゃりとおさめられている。
この姿、どこかで見たようなーー。
そうだ、あれ、お腹のなかの胎児!
羊水に浮んで、手足を縮め、目をつむっているあの姿。
いっぱいの胎児たちが、今日の出番を待っていました。
(8月7日)
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