【往還集146】10 ハズキルーペ

外へ出かける用も少なくなった、この際読みたくて買っておいた本をどんどん手にしていこう。
そう思い立って書庫から取り出してきた本が100余冊。
ところが読む段になって視力の衰えに直面。音楽通の知人は「聴力の衰えた時が恐怖だ」とよくいっていましたが、自分の場合は目です。
どうしても必要な資料は拡大コピーして凌ぐほかありません。
そこに現れたのがハズキルーペ。メガネのうえにさらに拡大用メガネをかければ、細かい字も見えるのです。
このアイディアは革命に等しい。
ところがテレビコマーシャルが批判され出した。フレームの強度を示さんと美女がデカ尻でメガネに坐ってみせる。
まちがいなく性差別だとさわがれるぞと案じたら、やっぱり。
さわぎをコマーシャル効果へ上乗せしようとして、中止の気配もない。
私の意見、「そこまでしなくても販路はまちがいなく広がるのに、社長もスキだねえ。」
(9月10日)

【往還集146】9 生と死の境界・続

それではどうしたらいいか。
まず若年齢の時期には、生死の境界の希薄感を抱く人が少なからずいる、そのことをまず理解しておきたい。
そのうえでどうするかといえば、じつは残念ながら打つ手はない。
ただ近くで、また遠くで見守り、卒業や成人の暁には「よく生きぬいてくれた」とひそかに乾杯するほかない。
私は現職時代校内カウンセラーを勤めてきました。
その過程で、危うい状態の子10数名を切り抜けさせることができた。
しかし教師の職業は、うまくいった場合は誰もほめず、悪くいった場合だけ手ひどいバッシングを受ける、そういうものです。
事故・事件が起きると、あの学校は、教師はなにをしているのだという非難が突出しますが、それはウソです。地道にいい仕事をしている教師はいっぱいいる。外部にはそれが見えないだけ。
むしろ成果を誇りたがる学校・教師がいたとしたらその方が怪しげなのです。
(9月9日)

【往還集146】8 生と死の境界

報道に接するたびに胸を痛める。それは小・中学生の自裁事件です。
ある日、何の前触れもなく我が子が命を断つ。
保護者はその理由がわからず、いじめや教師の暴言を責めて訴訟さえ起す。
この件については大変発言しにくいのですが、やはり記し留めておきたい。
というのも自分自身が子ども期から成人するまで、とかく自裁願望があり、危ういところで切り抜けてきたという体験を持っているからです。
デリケートな性格の子にとって、生と死の境界は何度でも希薄なときがある。いじめや暴言がきっかけで行動に移す例はあっても、多くはそれ自体が主因ではない。
最も近くにいるはずの親にこそ、そういう子どもの内面は見えないし、子どものほうも100%親にはいわない。
ですから事故が起きたとき保護者は仰天し悲嘆し、もっとも手近な原因捜しをはじめる。「これでは我が子がかわいそうだ」と訴訟さえ起こします。
(9月9日)

【往還集146】7 交点

武田氏のいう「とんでもないことが内外に起きそうで不安でしかたがない」に同感するところがあります。
ただしそれほど神経症的にはなっていない。なぜだろうと思案してみたのですが、どうやら東日本大震災とその後のがん体験との遭遇が関係しているようなのです。
つまり「とんでもないこと」はすでに起き、ことに原発問題はなお未解決、そのうえ生命の終焉に結びつくがん細胞を自ら内胎させたこと。
加藤周一が「サルトル私見」で「歴史の過程と人生の一回性」というサルトルの課題を提起していましたが、このふたつの軸の交点に身をもって立ち合っているようなのです。 
「いったい、なにをいわんとしているのだ?
と読者は不審がられるでしょう。私自身、交点に立ち合っている自分を語ることばが、どうもうまく手にできていない。
これから少しずつでも、作品やエッセイに表現できれば、と思っています。
(9月8日)

【往還集146】6 とんでもないこと

「霞牛通信」は青梅の人武田秀夫氏の個人通信。その84号(2019年9月1日)はいきなりつぎのようにはじまります。

「午後2時。突然、通信を出すしかないなと思った。このところ、なんだか不安でしかたないのである。なんだかとんでもないことが内外に起きそうな気がして不安でしかたないのである。」

令和時代が幕を開けるとき、清新さを祝す言説はあちこちに見られた。
しかし危機的状況、想像の域を超えた惨劇は、改元前後から続発している。
中国軍は香港をつぶしに出るのではないか、台湾まで乗っ取ろうとするのではないか。欧州の状況もガタガタ、アマゾン地帯の火災は止まず、地球全体の温暖化にも歯止めがかからない。もし米中戦争がはじまったなら自衛隊はどうする?さらに世界規模の大戦になったなら、核兵器使用にもはや歯止めがかからないのでは?
このように多くの危機がたまりにたまっている。
(9月8日)

【往還集146】5 産むこと

いがらしみきお氏といえば『ぼのぼの』の漫画家。
その彼が「シリーズ私の一冊」(「仙台文学館ニュース」37号)に最相葉月・増﨑英明『胎児のはなし』(ミシマ社)をあげている。 
なぜ胎児に興味があるか、「私は子どもを産んでみたいと思っている男だからです」と明言している。
自分と同じことを思っている男性がいたんだ!
「短歌研究」2018年5月号は「現代代表男性歌人」特集。エッセイ「男の宿題」を付すことになっている。それに参加した自分、

「子宮に生命の芽を孕み、羊水に浮かべて育て、ときが来れば出産すること」

を願っていると書きました。
それに対して女性側から反発の出たことは意外でした。もっとも産む体験を持たなかった方です。
そのように、とらえ方に凹凸のあるのはやむをえない。
しかし可能なら産むという体験をしてみたかったという思いに変りはありません、この歳になってはもう無理ですが。
(9月7日)
前立腺がんの放射線治療は7月1日にはじまり8月27日に終了。炎暑つづきの日々を何とか通いとおし、終わってみれば〈一夏の経験〉といいたいほどの貴重な期間でもありました。
いずれ作品としてまとめたいので、ここでは特に心に残っている1シーンだけ紹介します。
七夕が近づくと院内入り口に竹と短冊が用意されました。自由に書いて飾ることができます。
それを読むのも楽しみで手帳にもメモしました。
「宝くじが当たり優雅にくらせますように」のような欲深なのもありますが、子どもの感想なのでしょう、
「医者になってここで働く」
「大きくなったらかんごしさんになりたい」もあります。
その他さまざまですが、最も胸を衝かれたのは、幼い字で書かれた
「普通になりますように」
でした。
普通のなかに生活しているときは気づかなけれど誰にとっても普通が一番、君もいつか普通になれますようにと祈りました。
(9月6日)

【往還集146】3 第2の生

横須賀さんのお嬢さんは幼稚園経営に携わっており、「やかまし村」こども園を立ち上げることになった。
それを気仙大工にお願いすることになって、建築関係の事はもとより森林の現状にまで関心を深めていったのです。
上棟式のときの挨拶もつぎのように書き留めています。

「木は植物としてのいのち、木材としてのいのち、という二つのいのちを持っているのです。木は生きものとして、地中に根をはり、幹を立て、空に向かって葉を繁らせ、花を咲かせ、実をならせ、種をつくって子孫を増やしながら木のいのちを生きています。でも、山で生きてきた木はこれからは木材としてのいのちを生きることになるのです。」

樹は伐採されたとき、大地に根を張って生きてきた第1の生を終える、しかし木材として使われるとき第2の生がはじまる。
木材をまえにして尊厳感を覚えるのは、それだったのだと私ははじめて納得しました。
(7月26日)

【往還集146】2 樹

岩手県岩泉町に「岩泉純木家具」があります。
案内書には「三百年生きてきた木を三百年使える家具に 瑞々しくそして温かい木の生命を未来へと受け継ぐために」と。
盛岡市材木町にあるショールームに立ち寄って実物を見たとき、えもいわれぬ感銘を覚えました。
家具はいうまでもなく樹木を伐採し、加工して造られる。つまり、天然の樹はいったん人間の手で生命を断たれる。
ところが目のまえに置かれたイス・テーブル・天板その他諸々は、屍どころか、新たな生命をもった木材として息づいている。
板の表面にそーっとてのひらを当てると、さらにそのことが実感されます。
これはどういうことだろうという問いを、長い間心に温めてきました。
「そうか、そういうことだったのか」と1冊の本に出会って、やっと納得することができました。
それは横須賀和江著『気仙大工が教える木を楽しむ家づくり』(築地書館)です。
(7月26日)
拙作に「いつの間にか視野より消えしタレントが今朝よみがへる訃の人として」があります。
有名人もいつかは忘れ去られ、ある日訃報欄で「こんな人がいたんだ!」と思い出されるという意味。
今朝の「朝日」(7月24日付)にその体験をしました。
明日待子、もと「ムーランルージュ」の人気女優、99歳で老衰死。
私は「あしたまちこ」と覚えてきました。幼少年期の前沢時代、隣は警察署長官舎。そこに少女時代の本名須貝とし子も移転してきて、同じ年の叔母フミと仲良しになりました。
後にスターになり前沢に公演に来たとき、旅館でなく母の実家に泊まりました。
幼い私はこっそりのぞきこみに。
流しで歯を磨き、うがいをしていました。垢ぬけしたブラウスにスカート姿。田舎家にはいかにも不似合いですが、そんなことを気にとめている風でもありません。
スターを目のまえにしたはじめての日でした。
(2019年7月24日)
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