坂井律子さんは、がんとの闘病だけでなく本職のテレビ制作についても書いています。
私たち視聴者はテレビを画面として見ることが日常で、制作過程に立ち入って考えることはほとんどありません。
坂井さんによると、1人だけで取材するのはある段階までで、途中から音声マン・カメラマン・照明マンなどとの共同作業になるといいます。
私自身、何度か制作段階のお手伝いをしたり、実際に出演したりしてきました。
そういうとき60分程度の番組にもかかわらず、いかに多くの人が関わっているかを実見し改めて驚かされます。
テレビ制作はまさに共同作業。
それがほどよい緊張関係にもなる。「カメラマンとディレクターとの関係は、とても絶妙」というわけ。
ところが苦労を重ねて番組を作り上げても、上部からクレームがつき改変を迫られることもある。
その悔しさを、何人かのディレクターから直接聞いてきました。
(5月4日)
坂井は1960年生まれ、NHKに入局しディレクター、プロデューサーとして福祉・医療・教育などの番組に携わってきたと略歴にあります。
その坂井がすい臓がんにかかる。
今や2人に1人はがんになる時代(という私も目下前立腺がんで治療中)ですから、それ自体は珍しい事ではない。
この本もいうなれば患者としての〈闘病の記録〉ですが、タタカウとかノリコエルとかいう力瘤は入っていない、逆にそれらを脱落させている。
読むほうを引きつけるのも、それゆえでしょう。

「当たり前のことだけれど、人は死ぬまで生き続ける。死を受け入れてから死ぬのではなくて、ただ死ぬまで生きればいいんだ」。

テレビ番組の制作を仕事にしているが取材せず、「すべてある一人の患者が、患者として見聞きし、考え、学んだこと」の姿勢を貫いたともあります。
〈ふつう〉の場を保ったことが〈闘病記〉の新しさだと私には思われました。
(5月4日)

【往還集145】5 『光と私語』

以上は吉田恭大(やすひろ)『光と私語』(いぬのせなか座)に触れるための前奏でもあります。
吉田氏は1989年生まれ、私にとっては未知の歌人。
「さすが若さだねえ
とまず造本に目を見張る
。縦16、2㎝、横11、1㎝、厚さ2、7㎝。
頁を開けば、ほぼ1首組で長方形、正方形などの単色のイラストがある。

「バス停がバスを迎えているような春の水辺に次、止まります」
「笑わなくてもあかるく、そして、地下鉄の新しい乗り入れの始まり」
「サーカスのテントが建てばそこからの季節がいやに広々とあり」

人物や景物の表情に、また情感よりもバス停とか地下鉄とかサーカステントの広場とか、いわば舞台構造とその平行推移自体に関心を向けている。
平行推移はあってもドラマはない、それでいて無機質や虚無の方向へ傾斜しているわけでもない。
この不可思議さに出会ったとき、私はシャワーを浴びた気分になるのです。
(4月26日)

【往還集145】4 拒絶感を持たない

世のなかはどんどん変化する。世代も感覚も数年単位で変化する。
高校教師だった私は生徒の激変ぶりに直面してきました。
そういうなかで自分に決めていった原則は

「どんな変化にも拒絶感を持たない」

ということでした。
拒絶したとたん、怪しげな〈新人類〉に見え、自分の判断基準を正当だと思いこんで排除しようとする。
そういう対立構造に陥ったとたん、新世代の引っ提げてきたのはなにか、どういう背景があって持ちこんできたのかを、とらえられなくなる。
以上のことは短歌分野でも同じこと。10代、20代、30代が想定外の変化球で勝負してくる。それらが年代を重ねたものには歌の本質・歴史からはずれた逸脱行為に見える。 
私にもはじめは同じように見えました。けれど拒絶感を持たないという原則に立ち返ったとき〈そのように表現せざるをえない必然〉が感じられ、ときには切なさすら湧いてきます。
(4月26日)
スベトラーナ・アレクシエーヴイチの書を少しずつ読んできて、やっと終りました。
1941年、ナチス・ドイツが旧ソ連の白ロシアへ侵攻。人口の4分の1が犠牲になる。そのとき子どもだった人々の証言を1冊にしたのがこの書。

「私はオハネでしたから、爆弾が飛んで、空中でヒユーと鳴ったり、落ちていくのはどんなだろうと前から思っていました。それで、地面に伏して、頭からオーバーをかぶっていても、爆弾が落ちる様子をボタン穴から見ていました。」

から題はとられています。
凄惨な体験がいかに子どもたちに刻印されていくか、その証言の1篇1篇は、読むものの胸を打ちます。
これがなぜ優れた〈文学〉たりえているか。スベトラーナさんが「敵」「味方」という区分けを一切せず、戦争という〈事実〉そのものに焦点を当ている、それによって〈人間〉を抉りだしているからではないかと、読後の私には思われました。
(4月22日)

【往還集145】2 新しい老いの心境

歌誌「合歓」84号に「インタビュー 志垣澄幸さんに聞く」があります。
聞き手は発行人の久々湊盈子(くくみなとえいこ)氏。
志垣氏は1934年生まれですから、目下85歳。
締めくくりのところでつぎのように発言しています。

「これからやってくる深刻な老いの日々としっかり向き合ってよんでいきたい。近代歌人の知らない新しい老いの心境をよめたらいいなと思っています。」

この「新しい老いの心境」は、70代半ばを越えた私にとっても他人事ではない。
新しいから新鮮なのかといえば、そうとは限らない。90歳人生は当たりまえになり、いまや100歳人生が公然といわれる時代。人間は、不老不死をめざしてまっしぐらという感じさえします。
けれど「長寿=幸福
かと問われれば、どうやらそういうわけでもない。
志垣氏が「深刻な老い」と「新しい老い」を並列させる心境もまた、他人事ではありません。
(4月21日)
橋本氏は「まひる野」の歌人。
直接お会いしたことがないのに、その作風の自在さに魅かれ、先輩歌人にもかかわらず「きてんさん」と呼んでは書簡の交流をつづけてきました。
「うた新聞」2019年1月号にも近刊『聖木立』の書評を書かせてもらいました。
病弱の若い日を過ごし、90歳にたどり着いた心境を

「しんしんときこえぬ耳を宙(そら)みみと名づけてひとり星のこゑきく」
「不全は不全にしてしかも全ならむ すくなくともわれ一己の場合」

などに読みとることができます。
この書評が発表になって間もなく、ご本人から大きな字の礼状が届きました。目がかなり不自由になり、しかも酸素ボンベの手放せない状態になっていました。
その橋本氏の訃報を知ったのは今朝の新聞。死去したのは4月8日、享年90です。『聖木立』が自力で編んだ最後の歌集となりました。 
また1人貴重な歌人を喪いました。
(2019年4月16日)
「新人類出現!」を印象付けられたシーンがあります。
カレが第1歌集『シンジケート』を出した前後だったと思います。
岡井隆氏の企画で、歌合会をやったことがあります。場所は岩波書店の会議室、召集されたのは10名ほどの歌人。
なかに、どこかネクラの感じのする若者がいました。初対面のカレでした。
批評会がはじまり、カレの発言の番になるときちんとした論理で展開し、しかも膝のうえには小型パソコンを置いて指を自在に動かしている。ほかの人は誰もそんな機器を持っていない。
「ついに〈新人類〉が現れた!」と私は直感。
休憩時間になってトイレへ。
隣に並んだのは岡井氏。顔は前方へ向けたまま、

「穂村さんって、なかなか論理がしっかりしているなあ」

としきりに感心する。
それに同意する自分。
今にして思えばカレを呼んだ岡井氏自身、どれほど力量ある新人か、まだ測りかねていたにちがいありません。
(4月12日)
一番町にショッピングセンター「フォーラス」があります。街に出たついでに立ち寄りました。その地下はアングラ系のファッション店が並んでいましたが、すっかり改造され、おしゃれな感じの空間に変身していたのです。 
なにやら趣のある書店もある。
どんなのがあるのかと巡ってみてびっくり、穂村弘コーナーがあるではありませんか。
カレ、いつのまにこんなに人気のあるサッカになったのだろう。
『短歌』の4月号は「特集穂村弘」で、それをよんだばかりです。インタビューでカレ、

「短歌の世界にいると時間が止まったみたいに感じない?」
「僕の中では今も小池さんたちは四十代で、岡井さんたちが六十代、小島なおさんがずっと高校生のイメージのまんま。」

と発言する。
そういう穂村氏、自分のなかでは20代の青年のまま。
実際は1962年生まれだから、まぎれもない57歳。オジさんのカレを想像したこともない。
(4月12日)
そのなかの1点を「推進力としての不安と怖れ」から紹介します。
近代科学の発展は、量子力学と宇宙物理学によって頂点に達する。宇宙のほうは、ガリレオやニュートンにより「宇宙における自己の存在を極めようとして」進められる。だが広大なシステムとして認知すればするほど、自己存在のあてどなさに気づいていく。にもかかわらず実験を進めずにいられなかったのは「心の奥に隠された不安や怖れを鎮めずにいられなかったから」だという。
私は小3のとき父親に『星の世界』(辻光之助 小峰書店)を買ってもらい、今でも保存しています。
それが宇宙を知り、同時に人間の卑小さを知るきっかけとなりました。
かの有名なガリレオたちもこの難問にとらわれたのだとやっとわかりました。
このような根源的な問題の数々に神山睦美は正面から挑戦している。「往還集」の場ではとてもおさまらないので、ここで切り上げます。
(4月8日)
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