【往還集143】20 子ども時代

岩瀬成子近刊の『地図を広げて』(偕成社)を読み進めながら、子ども時代ということを考えました。
「わたし」は4人家族。
お母さんが弟の圭を連れて実家に帰ってしまう。
以後「わたし」はお父さんとの2人暮らし。お母さんが病死したため、圭が戻ってくる。 
ちょっと入り組んだ筋書きです。
その間の心の動きが描かれているのですが、手伝いに出入りしている巻子さんの一言に、大切なモチーフが潜んでいる気がします。

「子どもって、なにかと苦労だよ。大人になるまでのあいだの荒波を一人で越えるんだもんね。波の大小はあるにしても。子ども時代をよく生きのびたなって、この歳になって思うこともあるの。親は自分が育ててやったみたいな顔をしているけども。ちがうんだよね」

〈子ども時代をよく生きのびた〉という記憶を持つ大人が近くにいるかどうかで子どもたちの安心感も、ずい分ちがってくると私は思います。
(8月12日)

【往還集143】19 高野長英・続

学生になったころ、母に「あんたも長英と似てるところあるから気をつけらいよ」と忠告されたことがあります。
ふだんはおとなしい(ふりをしている)のに正論になると曲げない性質があるので、そこを突いてきたのです。
もっともこちらは、長英について通り一遍のことしか知らない。
機会をとらえて詳しく調べなければと思ってきて、手始めに読んだのは佐藤昌介『高野長英』(岩波新書)です。
それによると、幕末の蘭学者としてはトップ級で、強烈な自我の持ち主でもありました。 
高野家の相続放棄宣言のなかに伺えるのも、

「封建的諸制約から解放された自我の貫徹」
「個人の自立」

です。
それは当時の社会通念から大きくはみだすことでもありました。
「蛮社の獄」に連座して追われる身となり、ついには追いつめられて自刃してしまう起点もそこにあります。
この日本に、あまりにも早く生まれすぎた人物だったのです。
(8月11日)

【往還集143】18 高野長英

小学5年まで前沢に住んでいましたが、母のお供をして縁戚筋のモギさんを訪ねたことがあります。法事かなにかの届け物があったのでしょう。
それにしてもモギとは変な名字。「茂木」と書くのだとあとでわかりました。
母にとっては父、自分にとっては祖父の実家と縁戚関係があるというのです。
家屋は木造の平屋。玄関に出ておばさんも静かな人で、なにやらひっそり暮らしているような感じでした。
帰り道に母は教えてくれたのです、茂木さんは高野長英のお母さんの実家で、長英が江戸から逃げて来たときかくまったことがある、それ以来罪人を出した家として人目をはばかるように生活してきたのだと。
6年生になって水沢に転居しました。そのとき「水沢は3偉人を生んだ町」と誇っているのを知りました。
高野長英、後藤新平、斎藤実。
国賊として逃亡する身の高野長英も、ふるさとでは偉人になっていたのです。
(8月11日)

【往還集143】17 科学の空白

江里昭彦氏は個人誌「ジャム・セッション」を刊行しています。
江里氏は京都大の事務職員だったことがあり、そのとき学生中川智正氏に接します。
やがてオウム事件の〈中川〉と向き合うようになり、彼の俳句やエッセイを掲載していきます。
私自身はもとよりオウムの犯罪を少しも容認しませんが、中川氏の句がしだいにうまくなり、エッセイも極めて理知的なのには、号を重ねるごとに驚いてきました。
これだけの人物がなぜ犯罪集団に深入りしてしまったのか、根拠をもっと深く知りたいと思っていたときに刑は執行されてしまいました。
1つの糸口はあります。12号の「私をとりまく世界について(その一一)」。
彼は、科学には空白部分がありそこに何かを感じる人が宗教や信仰を生み親しむといいます。深入りしないようにするにはどうするかを、彼は省察しつづけましたが、不十分のまま不帰の人となってしまいました。
(8月7日)

【往還集143】16 いつもどおり

またまた重い話題になってすみません。世を揺るがす重大事件が起きたとき、とかく加害側―被害側の構造でものをとらえがちですが、同時に両者の家族や周辺も大打撃を受けることを忘れるわけにいきません。
責任を感じて自殺する親はいますし、行方をくらます家族もいます。
また加害側が生徒や元生徒であれば、学校へも批判は押し寄せます。
そのため在校生の進路に支障をきたし、教師自身もストレスを重ねて病んでしまうこともある。
その実例はいくつも知っていますし、私自身卒業生の事件ながら同様の体験をしたことがあります。
マスコミや世間からの指弾がどっとやってくる。在校生も委縮する。
この渦中にはまり込んだときのただひとつの手は、なにごともなかったように、いつもどおりの生活をする、時間の過ぎるのを待つということでした。
現在も同じようにして、耐えている家族や学校が、きっとあります。
(8月7日)

【往還集143】15 唾棄

「唾棄」とは忌み嫌い軽蔑すること。後期高齢になったらこんなきついことばを使うこともなかろうと思っていました。
だのに日数を重ねても重ねても「唾棄」が消えてくれない。
発端はまたオウムです。7名の刑が執行されたのは7月6日。
その前夜、総理を囲む飲み会「赤坂自民亭」があり、執行の捺印をした上川陽子法相も参加していた。
この件については官邸だって知らないわけがない。
だのに自分らの〈手〉によって消え去る生命のことなど考えもせず、〈和気藹藹〉と酒を酌み交わす。
参加者の1人は得意満面でSNSに投稿したりする。
ここまで弛緩し果てた政権を唾棄したくなるのは、あたりまえでは?
ただ今回こういう法相のおかげで、私は決断することができました。それは死刑制度廃止です。
人間が人間を殺害することを合法化されてたまるか、執行前夜に飲み会をする連中に捺印などされてたまるかとーー。
(8月3日)

【往還集143】14 全員執行

情報について別の角度からも考えてみます。昨日のニュースで2つの重大な動向を知りました。
1つはオウム真理教幹部6人の死刑執行。7人はすでに執行されていますから、これで死刑確定者13人すべてとなります。
2つは文科省国際統括官の逮捕。文科省の不祥事はたびたび報道されてきました。現政権の責任も免れない。
今朝の新聞を開いたら、2つの出来事は第1面を占めています。事件の大きさからしたらオウムが上位だから、記事の量も多い。文科省の件は4分の1ほど。それはしかたがない。
けれど文科省を薄めるためにオウム執行を同日に持ってきたとしたなら、見方はがらっと変るのではないでしょうか。

「そんなことはありえない、執行日程はすでに決まっていたはず」

といいたいところですが、この手の操作をやりかねないのが現政権。
であるなら、易々と操作に乗らないように目を凝らしていくしかない。
(7月27日)

【往還集143】13 市場原理

なぜかくも簡単に忘れ去り、忘れさられるのか。
禍々しい事件が起きると新聞・テレビ・ネットいずれもほぼ同時に報道を開始する。
特にネット世界は、成育歴・家族関係その他を細部にわたって書きたて、さながら公開私刑の様相を呈する。
テレビのニュース番組も数人の発言者を用意し、司会自ら炎上して煽りまくる。
そういうとき私たちのまず留意すべきは、しゃべりまくる人にかぎって加害者とは距離のある〈外部人〉だということ。だから憂い顔をしながらも弁舌をぶちまくり、いくばくかのギャラを手にしても恥じたりしない。
ところが事件は次々と起き、視聴者の関心も移りはじめる。
それをすばやくキャッチし新たなネタに飛び移るのもマスコミの体質。
つまりニュースの話題性は事件の深度によって決まるのでなく市場原理によって左右される。
私たちが日常的に接している情報社会の実態は、そういうことです。
(7月25日)

【往還集143】12 忘れ去られ方

数年前、秋葉原で突発的に生じた殺害事件がありました。事件と同じ時刻に秋葉原を通過した自分は、その後の経緯に、特段の関心を持ってきました。
やがてSTAP細胞をめぐる大騒動があり、マスコミは連日この件でもちきり。
2011年3月11日には直下に突発した東日本大震災。
つい2年前には、これまた世を震え上がらせた津久井やまゆり園事件。
さらに今年になって、「新幹線殺人事件」。胸を痛める事件は切りもなく起き、そのつどこれは末永く記憶されなければと思います。
だのにある日、23年前のオウム事件さえ記憶の奥の奥にしかないことがわかって、われながら愕然とするのです。
最近刊の「「津久井やまゆり園事件」と新幹線殺人事件」で、佐藤幹夫氏も書いています(「飢餓陣営」47号)、「津久井事件は被害の甚大さや事件の異様な性格に比し、社会からの忘れさられ方が尋常でないと感じてきた。」と。
(7月25日)
ゲーテ『イタリア紀行』全3巻(相良守峰訳岩波文庫ワイド版)を少しずつ読んできて、やっと終わりました。
ローマ滞在がゲーテにいかに大きな影響を与えたかについて再認識しましたが、今取りあげようとするのはそのことでなく下巻の終り近くにひょいと書かれた文章です。

「植物は、たんなる生成と生長とによって無機物を摂取し、動物は、生成と生長と飲食とによって植物を摂取する。人間は、生成と生長と飲食とによって、動植物を自己の内的存在につくり変えてしまうのみでなく、同時に、自己の機構の下位にある一さいのものを、自己の存在の最も鮮やかに研ぎ澄まされ、反映するところの表面をとおして、自らの生存の範囲の中に把握し、(以下略)」

これだけの引用では不十分ですが、植物・動物・人間と段階をつけていることはわかります。
すべての生を同列に置く東洋的生命観との落差にしばし立ち止まったのです。
(7月24日)
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