【往還集144】10 日米安保

60年安保闘争が頂点に達したのは1960年、高校3年生のときでした。
放課後には社会科の先生を講師にお願いして自主講座を開きました。
当時の岩教組(がんきょうそ)は最強でしたから、先生たちも進んで講義してくれました。安保は不平等条約である、戦争にも巻きこまれかねないと力説してくれました。
以来の安保。
米軍が好き勝手に日本本土を使い、事件が起きても犯人を本国へ送り返す、多額の武器も売りつける、しかも安保は憲法よりも上位にある。
このような異常事態がなぜ今日までつづいているのかという憤懣が、棘となって刺さり続けてきました。
矢部浩司『知ってはいけない』1、2巻(講談社現代新書)は、岸内閣時代にCIAから巨額の資金援助があったこと、密約があったことを客観的事実に基づいて解き明かしています。
そういうことだったのか!
この師走の私をもっとも夢中にさせた本です。
(12月12日)

【往還集144】9 免許更新

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▲宮城県免許センターのガランとした内部。ここに土、日曜日はどっと押し寄せる。

講習の終わった私は日をおかず免許更新に行ってきました。
運転免許センターは車で40分ほどの所にあります。
これまでも3~4年おきにやっているのですが、入ったとたんのだだっ広さと無数の人の蠢きにはいつでも独得の気分に襲われます。 
ついさっきまでの係累が一瞬にして剥奪され、ただの無力なひとりとして放り出された気分。
受付の窓口を見付け、長い列の1人となる。それがすむと視力検査やら写真撮影やら講習やらへと誘導される。
どこに行っても長蛇の列。誘導の係員はいますがほとんどが無愛想で、家畜でも追い立てるよう。
私は「禁じられた遊び」のラストシーンをよく連想します。
両親を失い、農家に引き取られていたポーレットが、べつの施設に連れて行かれることになる。
ごったがえす駅で待っているちょっとしたすきに、ミシエルを探して群衆のなかへ紛れこんでしまうという、あのシーンを。
(12月10日)

【往還集144】8 高齢者講習・続

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▲13枚の絵を記憶するテスト。

講義が終わると認知症検査です。
まず今日の年月日を記入。
13個の略画を見て何の絵か声を出して答える。
時計の文字盤を書き、先生の指定した時間を針で記入。
それが終わるとさきに見た絵が何だったのかすべて記入する。
ここに来て私は13の内6つだけしか思い出せないことにあわてる。
しかしつぎの頁を開くと「体の一部」「果物」などのヒントがある。それによってやっと全部埋めることができた(当日の問題とすっかり同じではありませんが略画を例示します。皆さんも声に出して読んだのち10分後に答えてみてください)。
視覚機能検査は動態視力、夜間視力、視野の3種類。
最後は外に出て運転実習。いつの間にか付着した癖を指摘してくれます。
このようにびっしりとつまった講習で、終了と同時にへたーっと疲れを覚えました。
これだけの講習に耐えられなくなったときが、免許の返上時というわけなのです。
(12月9日)

【往還集144】7 高齢者講習

運転免許証更新に伴う高齢者講習に行ってきました。
3年に1度、今回で2回目。
すでに体験済みの方もおられるでしょうが、まだの方も多いと思いますので、模様を紹介します。
まず公安委員会から「更新には講習が必要」
の通知書が届く。「混み合うので早めに予約を」
という注意書きもある。さっそく前回と同じ仙台赤門自動車学校に電話したら、早くても数カ月後の12月8日しかとれないとのこと。やむをえずその日(つまり昨日)にしたのですが、ここでまず疑問。
更新のために必要だというならなぜ講習専門所を設けないのだろうか、自動車学校に押し付けるのでは学校も迷惑。
さて車を駐車場に停めて講習室に入る。受講生は自分と同年代の男性の2人だけ。1時20分にはじまり、実習をふくめて終了は夕闇迫る4時でした。
この間担当の先生は全く手を抜くことのない、内容のつまった講義をしてくれました。
(12月9日)

【往還集144】6 入沢康夫氏

新聞の訃報欄で入沢康夫氏の逝去を知りました。
10月15日、86歳。
入沢氏はこの国の代表的詩人であり、賢治研究の第1人者でもありました。
私は賢治学会を通じて何度となくお会いし、その温厚な人柄に触れてきました。
賢治学会には多くの分野の実力者たちが集まります。
その分、かなり我の強い人もいて「この人たち、賢治精神に反しているのでは?」と思わせるような張り合いもありました。
入沢氏は常におだやかでした。
それだけに「ヒデリ・ヒドリ」論争のときはつらかったにちがいありません。
「雨ニモマケズ」の「ヒドリ」は賢治の誤記であり「ヒデリ」が正しいというのが彼の説。
ところが「ヒドリ」が正しいといい張る人もいて論争に発展、マスコミも大きくとりあげました。
詳しい経緯は入沢著『「ヒドリ」か「ヒデリ」か』(書肆山田)にまとめられています。興味のある方は、それをご覧ください。
(11月30日)

【往還集144】5 大隈言道・続

何首かあげてみます。( )は私訳。

「わらはべの手をのがれこし蝶ならむはね破(やぶれ)ても飛(とぶ)がかなしき」(子どもの手から逃げてきた蝶だろうか、羽が破れてもなお飛ぼうとしている、なんと痛々しいこと。)

「おやなけば子さへなくなり世の中のせむすべなさも何もしらずて」(貧窮のあまり親が泣いている、それにつられて子どもまで泣いている、この世の中をどうしたらいいのか何も知らないで。)

「はてもなき山のすそのゝすゝき原とほくゆけるは夕日のみして」
「さをしかのとほざかりゆくかげさへもはてはなくなる山のほそ道」

後者2首はとなり合っている歌です。広々としたススキ野の夕日、そのなかを走りやがては消えていく鹿が詠まれています。宮沢賢治の童話作品「鹿踊りのはじまり」のラストシーンそのものではありませんか。
このような清新な作品を作る歌人が、江戸末期には出現していたのです。
(11月29日)

【往還集144】4 大隈言道

というわけであれこれと調べてきたのですが、最近になって自分にのこされた時間がそう多くないだろうことに気付かされます。
けれど文句をいってもどうにもならないので、最近は『日本古典文学大系 近世和歌集』を読みこんでいます。
平安期や明治期に比べると江戸期の和歌はめぼしいものがない、これが一般的な短歌史観でした。
そういうなかで1980年代に近世和歌研究会が起ちあげられ、ガリ版刷の「江戸時代和歌」を刊行したのは貴重な作業でした。
私自身最初は江戸期をあまり期待しないで読んでいましたが、大隈言道(おおくまことみち)歌集に来ておどろき、これまで見落としていたことを恥じ入りました。
時間があればきちんと書きたいところですが、とりあえずメモだけでもしておきます。 
幕末の大動乱の時代、伝統和歌の影響から脱した歌人が何人か出現する、大隈言道もそういうなかの一人です。
(11月29日)

【往還集144】3 世界への通路

短歌は定型の文学であり、世界規模からしたら辺境の地の小詩型にすぎない。
それを世界文学とか世界思想にするとはどういうこと?
この疑問は当然出てきます。
定型を破壊するほうが早道ではないかという意見もありえます。
が、破壊しても破壊しつくされない魅力のあることも否定できない。
それならば破壊ではなく、逆にきわめることによって、世界への通路を手にする方向があっていいのではないか。
これが私の考えです。結社はやめてしまいましたが、問いを忘れたことはありません。 
宮柊二『柊二初期及び『群鶏』論』と『『山西省』論』を書いたときも、〈優れた歌人〉宮柊二を読み解きたかったわけではない。
最終目標は世界文学たらしめること、そのために〈短歌でありながら短歌を超えること〉にありました。
こういう試みがうまくいったかどうかは、もっと時間がたたなければ見えてこないと思っています。
(11月29日)
私は20代の一時、「短歌人」に入っていました。
学生になって本格的に短歌をはじめようとしたとき、学内には短歌会がありましたがその作風はアララギ調で、こちらの嗜好とは合わないものでした。
もっと革新的で自由で、しかも学割があるのはどれかと探したら「短歌人」が見つかりました。
そこで入会。
結社には歌会があります。旅行もかねた合宿歌会もあります。
私も何回か参加しました。
が、しだいにズレを覚えるようになりました。
「この熱心に議論している人たち、歌を考え、歌をめざしているのだ」。結社だからあたりまえのこと。
だのに自分の思いとはどこかちがう。
私も歌をやろうとしていることにはまちがない、けれど歌の上達をめざしているというよりは、歌をきわめることによって世界文学とか世界思想への通路を探そうとしている。
そのいわくいいがたい発想のズレがあることを自覚するようになりました。
(11月29日)

【往還集144】1 晩秋の湖

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▲葉を落としつくした月山池。

私の定点観測地のひとつは、月山池とサイカチ沼。
往還集には何度も登場しています。今日もまた性懲りもなく書きます。
雪はすでに数度降り、ほとんどの樹木も葉を落としました。
なかで、かろうじて葉を付けているのはブナの木。
色はすべて茶褐色。
その葉全体が、シャラランシャラランと鳴るのです。
はじめ枯葉とは気づかず、このハープのような音色、どこから来るのだろうと不思議でした。
湖のほとりのベンチに腰かけ耳を澄ますうちに、ブナの葉だと気づきました。風が過ぎるたびに、妙なる音色を奏でるのです。
すぐ近くの空中にはキラリキラリと光る線状のものが。
よく見ると日差しに照らし出されるクモの糸でした。
自然のハープの糸と音色。
それに、さざなみとカモの声もまじります。
こうして今年の秋も終わり酷寒の季節へとまっしぐら。
芽吹きのときまで、みなさんさようならというわけです。
(2018年11月26日)
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