往還集127の最近のブログ記事

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▲挿し木して家の垣根に移植したミヤギノハギ。手入れもしないのに、毎年咲き誇ってくれる。

垣根に植えておいたミヤギノハギが、大きく枝垂れ、小粒の花も一斉に咲き出した。その色は赤に紫を交えて濃密。ハギの風情は、枝の枝垂れ具合と花の色にある。
私が最後に勤めた広瀬高校は、昔の農学寮の跡地にできた。その名残りで、草木が大事にされ、学級用の畑地もあった。校庭に降りる傾斜地には赤ハギ、白ハギが連なり、季節になると長い滝となって咲き誇った。
管理をしているのは、創立以来勤める技師の泉さん。ハギは若い茎を挿し木にすると育つと教えられ、やってみた。白ハギは何度やっても失敗したが、赤のほうは根付いた。
家に持って帰って移植したら、手入れもなにもしないのにどんどん丈を伸ばし、みごとな花となった。
ハギの華麗さに、昔びとはことのほかに魅せられた。正確にいうと、華麗さだけでなく、微風に揺れ、やがて花屑となって地に還るはかなさをも含めて感応したのだと思う。
(9月15日)

記憶は何歳からはじまるかという経験談で、盛り上がることがある。
産湯の盥の縁を憶えているという作家の言(三島由紀夫「仮面の告白」)には魂消てしまうが、これは特殊例。
自分の場合は2歳だ。
なぜ特定できるかといえば、岩手県前沢の町筋で出征兵士を送った記憶が鮮明だからだ。自分の生れは昭和18年、その2年後に弟が生まれ、一緒にいた母は赤ん坊を負んぶしていた。だからまちがいなく昭和20年と特定できる。
卓袱台で、小さな紙に赤丸を描き、一本の箸にご飯粒で接着する。そんな細かいところまで憶えている。
あのとき見送ったお兄ちゃんたちは、どうなっただろうかと気になりだしたのは、大きくなってからだ。
やがて、停車場に動員されることが続いた。母に手を引かれていくと、白布の箱を首にかけた人が列車から降りて来る。出征のときとは違って、誰もが沈黙し、ただただ頭を下げた。
(9月14日)
哀草果の『山麓時代』は、第一歌集『山麓』に洩れている歌を編んだ歌集。「後記」に「全身の力で取組んだ時代のもの」と書いている。 
哀草果の業績は、東北農村の原風景を詠い留めたことだと改めて思った。

「藁塚のなかに見つけし鼠の児眼あかぬゆゑに罪なかりけり」
「背戸川に夜ふけ米搗く水車音をやめたり凍りけらしも」
「秋の日を働き飽かぬ人びとは月のあかりになほも稲扱く」

大正3年から昭和2年までが制作期間だ。この時代、干ばつ、冷害に何度も襲われて東北の農村はかなり貧しかった。朝から晩まで続く労働もきつかった。
そういうなかで哀草果は、山形の一農民として日々を送り、身体で感受する事々を歌にした。
それらが原風景として感じられてくるのは、かなりの時間がたってからだ。
そのためとかく懐旧の情を先立てて語られがちだが、血や汗を捨ててしまっては、原風景の厚みが脱落してしまう。
(9月13日)
宮城県美術館で開催中のシャガール展へ。シャガールといえば、空中を浮遊する恋人と花のイメージ。色彩も華やかなドリームの世界だ。
ただしシャガールはユダヤ人、作風も退廃的だとされてナチス政権下では処分の憂き目にあった。
展示は「オペラ座の下絵」からはじまる。下絵のどれもが、自由自在な幼児画に近似するが、ここを押し通すところがえらい。
絵画展に行くたびに私は羨望を覚える。既成の型にとらわれない自在さが展開されている!「自分だってこれからは自在にやっていこう」と、蘇生した気持ちになって帰る。
だのに帰ったとたん、短歌の定型が厳然として待ち構えている。短歌で自由になるとは、定型を破壊することでなく、不自由を受け入れ、定型を極めた末に可能になるといわれてきた。「確かに、その通りで」と力なくつぶやきながらも、華麗に浮遊する恋人像がしきりに目のまえを去来するのだ。
(9月13日)
リアルドールの製品レベルは日本が最高峰という情報を得たのは、何年も前の週刊誌から。なにを基準に最高などと評価するのかは、いつだって疑わしい。が、ともあれ会社名の「オリエント工業」をパソコンで開く。
そのとき、まさしく最高峰と直感した。透き通らんばかりの顔と肌が眩しいばかりに並ぶ。いかにも日本人らしい繊細な技術だ。
リアルドールとは要するにダッチワイフ、性的対象としての人形だが、性抜きにしても芸術品として遜色ない。ただし60万円以上するから、そう簡単には手が出ない。
私は直ちに空想する。顔、目、手足の動きが可能になり、声まで出せるようになったら、さまざまな場面で使っていける、ペットと同じように家族の一員にも加えうると。
そういう実験はもうはじまっているだろう。問題は、生と死を最初から孕むことのない、途中からの〈人間〉が、どこまで人間に近づけるかだ。
(9月11日)
娘が小さいころ、人形をよく買ってやった。リカちゃん全盛の時代。着せ替え服、その他の付属品まであるからけっこう高価になる。 
女の子といえば人形、この観念はいったいどこからやってくるのだろう。
ところが小学の中学年に差し掛かるあたりから、急に人形嫌いになり、すべてをゴミにして捨てようとした。逆にこちらが可愛そうになって、こっそり保存、いまでも大小合わせて30ぐらいは書斎に飾ってある。
娘は祖母から贈られたお雛様も嫌うようになった。生きているようで怖いのだという。 
こういう受け止め方、特殊かと思ったらそうでもないとがわかってきた。「女の子=人形好き」の方程式はウソで、人形嫌いがけっこういた。
たしかに薄暗い部屋に入り、無言、白い肌、しかも見開かれたままの両目に出会えば、大人だってたじろぐ。
まちがいなく人形という〈物〉だというのに、魂だけは冴えかえっている!
(9月10日)
朝に少しずつ読む『結城哀草果全歌集』も『樹蔭山房』まできた。
そのなかの一首、

「社会的に専ら身を挺し働き叙勲受けしかど家庭的には手落ちもありき」

これは78歳の作。旭日小綬章を受けたのは前年のこと。いまや一歌人を越えて、山形の名士だ。
ただし栄誉をまとうにつれて、作品の質は衰えている。創造はやはり、精神の負に発する産物なのだ。ただ、妻とは必ずしもうまくいかない時期があったらしい。「手落ちもありき」とは正直。
また茂吉の弟子だけあって好色でもある。そういう歌を見つけたときの楽しさは格別。

「一つ蚊帳に床を並べしをとめごの枕べに照る夜半の月かげ」(『まほら』)
「柔肌に女の憂(うれひ)つつみつつにほへつ汝(なれ)の手とりたのしも」(同)

これなどあやしい。

「きみの背の黒子は愛しき星なれば夜ふけ近寄るせつなきまでに」(『樹蔭山房』)

これも十分にあやしい。〈名士〉なのに堂々と収録するとは、なかなか。
(9月9日)
朝の4時過ぎからテレビのまえに坐った。外は地を叩きつけんばかりの大雨。この時間に起きるのはいつものことだが、せっかくだからオリンピック招致の結果を見届けんものと。
私は今回の招致騒ぎには、半分も関心がない。なにしろ三陸の復旧は遅々として進まず、福島第一原発の汚染水漏洩にも有効な手立てがない。お祭り騒ぎはそれらの隠蔽につながりかねない。
プレゼンテーションで首相が、状況はコントロールされていると発言したときは、こんなウソを公言していいのかと呆れた。
だのに第1回の投票で、東京が1位。最後にイスタンブールと決戦し、大差での勝利がころがりこんできた。ロゲ会長が封筒を開け、「TOKYO」と一言発したとたんの、割れんばかりの歓声(その影の萎れんばかりの悔し涙)。 
こうなった以上は、首相も本気で汚染問題を「コントロール」しなければ国際的ウソつきになってしまう。
  (9月8日)
秋月祐一『迷子のカピバラ』(風媒社)は本人の歌と写真からなる歌集。「最近では出色のセンスだ、感想を本人に直接伝えたいなあ」と思いながら、繁忙にまぎれてそのままになってしまい、いつしか半年。
この間、妙に心にかかって離れない一首が浮沈する。

「ラッシュアワーの電車を降りた少年にひよいと渡されたハリネズミ」

少年とは何者、なぜ行きずりの人間にハリネズミを渡したのか、そもそもハリネズミとはなにかーー。
もしかしたら少年は異界から来て、これから現実界へ入るのかもしれない。ハリネズミとはその通行券で、だれかに渡すことによって入場できる。受け取った方は逆に異界への通行券ともなる。
賢治「水仙月の四日」では雪童子が子どもにヤドリギをぷいと渡す。あれも現実界と異界の交信を可能にするふたりだけの印。
この寓話を重ね合わせると、ハリネズミの世界がいよいよふくらんでくる。
(9月7日)
議事堂前にあふれる脱原発のデモ。小程度とはいえ放射能被害圏にいる私も、心はデモの一員だった。
ところがあのとき、烏合の衆として嫌悪感を示す人たちがいた。そのことがずっと気にかかっている。原発の恩恵を受けているくせに東電だけを悪者にして、〈脱〉運動に迎合しているというのだ。
嫌悪者には、戦中派がいる。
梯久美子は「池田武邦」の章で、「当時の世の中では、戦争にかかわった人間イコール悪人でした。」と池田の弁を記している。特に兵士となった少し上の世代に対する、一歩の差で出征を免れた下の世代の非難は厳しかった。「命を捨てる覚悟のなかった者たちがいまになって何を言う」と内心怒っても、反戦こそが是となった世の中では太刀打ちできなかった。
このときだ、一夜にして正義面に転ずる多数への嫌悪感を刻み込んだのは。
嫌悪感の源にある、大衆迎合への危機感。それは冷静に理解しておきたい。
(9月6日)
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