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【往還集141】30 完全なる者・続

つまり唯一の神のみを是とする。
この立場に身を置くなら他の宗教に対して排他的になり、唯一の神を掲げて争いに出てしまう。
現に出ている。
またパスカルは神の知恵の言として

「あなたがたは、今では、もはやわたしがあなたがたを作った時の状態にはいない。わたしは、きよく・罪なく・完全な者として人間を創造した。」

と記す。
そして堕落した人間たちに、悔い改めを求めている。
私の理解を越えるのはこういう個所です。完全な者として作ったのは神自身、それが堕落したということは失敗作だったということ。 
それならばまず責を負うのは神のはずなのに、なぜ「失敗してしまった、ご免ご免」と謝らず、人間にだけ悔い改めを求めるのだろう。
普通の論理からしたら、神の悔い改めが先にあるはず。
もしかしたら信仰とは、こういうクレバスをひょいと飛び越えてしまうことかも。
立ち止まるのは、非信仰者だけかも。
(4月14日)

【往還集141】29 完全な者

早暁に親鸞の『教行信証』を少しずつ書写、昼にパスカル『パンセ』を少しずつ読書という生活をしています。
信仰の面からしたらめちゃくちゃですが、そもそも私は特定の宗教を信仰していない。 
信仰のチャンスを失ったまま、今日まできた。
それなのに宗教書に関心があるのは、その時代を起点とした哲学があり、ときには時代を超えた普遍性もあるからです。
同時に宗教書であるがゆえに自分の入りこむ余地のないところ、どうしても理解できないところもあります。
『パンセ』は、1966年に新教出版社発行、田辺保訳というずい分旧いのを読んでいますが、たとえば

「真の宗教は、人間を幸福にするために、唯一の神が存在することを示してくれるものでなければならない。」
「キリスト教のほかに、これらの点を満足させてくれるような宗教があるかどうかを考えてみよう。」

というようなところで私はつまずいてしまいます。
(4月14日)

【往還集141】28 コラボ展

仙台文学館のロビーをお借りして「佐藤通雅(短歌)×佐々木隆二(写真)【3・11の 連灯】
を開いています。
歌集『昔話』『連灯』から18首選出して大判の色紙に墨書、それと写真家佐々木隆二氏の写真を組み合わせました。
期間は3月23日から4月25日。
佐々木氏は震災後の各地に入り、撮影しつづけてきました。
自分の震災にかかわる歌は歌集2冊に収めましたが、作品としての練磨は最初から意図していない。2万の犠牲者の魂が、自分に憑依してことばとなった気がしています。
それで展示が終ったら、色紙を希望の方にさしあげることにしました。
なんというか、分骨のような気持で。
色紙はそれぞれの作品に1枚しかありませんから、希望が多いときは抽選です。
抽選には私が一切かかわらず、学芸室にお願いしました。
すでに希望多数とか。もれてしまった方には、あらかじめおわびしておきます。
(4月12日)
この『論集』は1961年が初版。つまり自分が学生になった日。
2年目から国語科を専攻するようになって、基礎的な資料として主要な所は読んできたのですが、久松潜一の「解説」は目に入らなかった。
再読して、びっくりしました。

「日本文学評論のうちで、歌論は最初に成立し、それ以後も近世までは歌論がその中心的位置を占めている。それは和歌が長く生命を支えてきたのと一致している。」

とある。
文学評論として最初!
評論といえば、現在はむずかしいものとしてとかく敬遠されています。
しかし1960年代、70年代は作品より評論が面白かった。
時代の大きな転換をとらえんとする気息は、評論のほうが熱かった。
その評論の先駆が歌論だったとは。
「新撰髄脳」から「無名抄」へと読み進めていくと、なるほど、かなり手厳しいやりとりをしている。風流どころではないと、私は身をのり出しはじめたのです。
(4月12日)

【往還集141】26 一人称と〈我〉

先日の岩手大フオーラムの鼎談で、賢治の短歌が一人称から逸脱している点を話しました。
一人称とは作品の背後に一人の〈我〉がいるということです。
〈我〉が際立ってきたのは、明治になり、西洋文化がどっと押し寄せてきて以来。
若い文学者たちは自我の眼ざめを大いに唱えました。
賢治もそういう新風と無縁ではない。
しかし、感性のほうはうまくおさまりきれない。
だから奇妙な短歌が量産されたのですが、もし賢治が明治以前に生まれたならどうだったろうかと、近頃考えているのです。
自我が前面に出ない中世・近世なら、一人称ももっとゆるかったのではないか。
自分は、これらの期の文物をすでにひととおり読んではきたものの、はっきりした問題意識を持っていなかった。
遅ればせながら開いてみようと、書棚から何冊も抜き出してきたところです。
まずは『古典文学大系 歌論集 能楽論集』(岩波)1冊から。
(4月11日)

【往還集141】25 健康番組

朝食が終わり、仕事部屋に入るまえに、テレビを見ながら全身の操体を40分ほどやります。テレビは朝ドラか、Eテレの子ども番組。
操体は、健康番組や通院の折にもらったパンフをもとにヨガ風に自分で構成したもの。 
はじめのころは数種ほどの単純なものでしたが、色々とりいれるうちに、約20種類になってしまいました。
そんなある日、ひょいと疑問が生じたのです。
たとえばNHKの「ためしてガッテン」、司会は小野文江アナと落語家の立川志の輔。
彼等は毎週のように新健康法を紹介しているが、自身でも実践しているのだろうか(たばこの害を取りあげたこともあるが志の輔さんは、ホントに禁煙しているだろうか)。
仮に実践したとすれは、健康法はすでに100種類以上にのぼる。
それらをどんどん生活にとりこんでいったなら、だれよりも長生きするはず。
はたしてそうなるかどうか、秘かに興味ある問題です。 
(4月11日)
アスリートについてまた書きます。
平昌五輪を、私もよくテレビ観戦しました。なかで、スピードスケートの小平奈緒選手に、他のアスリートとはちがう印象を持ちました。 
ずば抜けて強かったからだけではない、会場のどよめきを指で静止しようとしたからだけでもない。
では、なにから?
どこから?
やっと解けてきたのは、インタビュー「「遠回り」の金メダル」(「朝日新聞」2018年3月30日)を読んだときです。
「過去の大会と比べて、何が違っていましたか」への応え。

「技術面の向上もありますが、勝ちたいという強い欲が消えていました。スタートラインに立ったとき、周囲のできごとや他の選手のタイムに左右されない心の持ちように、気づかされたのです。不安や重圧を背負うのではなく、受け入れられる勇気みたなものが、みなぎっていた。すべて包み込んだらエネルギーになる、レース前の心境はそんな感じでした」
(4月2日)

【往還集141】23 「素心」

アスリートといえば、とかく勝ちにこだわる獰猛なイメージがあります。
けれどときに、人柄が並でないアスリートもいます。
自分は、水沢市立常盤中学校出身。
近隣に姉体中学校がありました。
どちらも野球が強く、よく決勝戦で対戦しました。
が、どうしても姉体に勝つことができない。ずばぬけて強い投手がいたから。
高校に入ったら、その投手と同じクラスになりました。
吉田君。
やはりまた野球部で活躍しました。
はたで見る生の彼は、引き締まった体形をしていましたが、獰猛とは正反対の沈着冷静な性格。
2年生以後はべつのクラスになりましが、廊下で会えば軽い挨拶は交わす間柄。
卒業に当って、学友会誌に載せた彼のエッセイの題は「素心」です。
この2字を座右の銘にしてきたと。
いかにも彼らしい。
私は今でも「素心」の語を思い出します。
ちなみに姉体は、目下活躍中の大谷翔平選手の出身地でもあります。  (4月1日)
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▲旧盛岡高等農林学校本館

盛岡駅からタクシーに乗って岩手大農学部へ。
教育学部なら集中講義を担当したことがあってよく知っていますが、農学部をじっくり見るのははじめて。
さすが歴史のある大学だけあって構内には巨木がそびえ立ち、閑静な池もある。
ほとりには、帽子姿の賢治のモニュメント。欧風の木造建築物も保存されている。
そのひとつが旧盛岡高等農林学校本館で、今日の会場「農業教育資料館」
薄黄色の壁面、それを縦横に支えるグレイの横木。
1912(大正元)年の建築で、現在は重要文化財に指定されている。
玄関に入ると、いきなりクラシックな大時計が迎えてくれます。
賢治は1915年にこの高等農林学校に入学していますから、構内も、建築物も見ているはず。
そう思うと、あちこちから若き日の賢治の気配がしてくる。
生涯で最も安定し、交友にも恵まれ、青春時代を謳歌した日々。
その舞台が此処、農学部なのです。
(3月25日)

【往還集141】21 襟を正すも

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▲岩手山

昨日は岩手大学農学部の附属農業教育資料館を会場に「地域創生フオーラム」。
愛子(あやし)から仙台に出、新幹線で盛岡へ。
完璧といってもいいほどの晴天。
童の日のようにウキウキして窓外を眺めつづけました。
西方には奥羽山脈が連なる。
山頂の残雪が、神秘的なまでに輝く。
最初に現れるひときわ大きい山は、栗駒山。築館(現栗原市)に育った家内は、この山をいつも懐かしむ。
つぎの大きな山は焼石連峰。これは自分が小さいころから慣れ親しんできた山。
そして盛岡に近づくにしたがって、車窓いっぱいを占めるのが岩手山。
その高さ、彫りの深さ、広々とした裾野は圧倒的。
石川啄木が

「汽車の窓/はるかに北にふるさとの山見え来れば/襟を正すも」
「ふるさとの山に向ひて/言ふことなし/ふるさとの山はありがたきかな」

と詠んだ気持ちがとてもよくわかる。
私もおのずと、襟を正したくなってきたのです。          (3月25日)
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