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2015年8月23日
この夏は記録的な猛暑つづきで、熱中症も多発した。
畑仕事は早朝にかぎると、朝食もそこそこに畑へ出るようにした。
キュウリもトマトもピーマンもニンジンも大豊作。
除草して立ち上がったとき、いきなり吐き気がした。気温が一気に上昇し、軽い熱中症になったらしい。
そうそうに帰宅して、その日一日は静養した。
ところがお盆を過ぎるころから夜明けは遅くなり、朝夕の気温も肌寒いほどになった。 
早暁のベランダに立ち、まずは頭脳を冷やす習いの自分だが、周辺の森にあふれるヒグラシが、いつの間にか虫の音に変わっていることに気づいた。庭に咲き誇った夏の花も廃れ、秋の草花に移っている。
もう夏も終わりなのだ。
そう思ったとたん胸中からいいしれぬ寂寥感がこみあげてきた。
この夏に自分はなにほどのことをなしえたのだろうという悔いも湧く。
こうしていつも、内向しながら秋の季節へと入っていく。
2015年8月17日
東京に住んでいる娘が、2歳半の男の子と6カ月の男の子をつれてきて10日間滞在した。
6カ月のほうはハイハイするだけだからまだいいが、2歳半はまだおむつをしているくせにひどく活発で、いっときも活動をやめない。
道を歩く速さも相当なもので、待て待てととめるといっそう得意になってすっ飛んでいく。
昼寝ぐらいはさせないとこちらの体力がもたない。
そこで昼食後にお気に入りの本をもって来させ、読んでやることにした。
トッパンのカメラえほん『じょうききかんしゃ』。
1回読み終わったら、また読めという。くり返しているうちにすーっと寝てしまった。 
つぎの日もまた同じ本を読めという。

「ゆきをとばして かけるきしゃ ゆきのけむりを くぐるきしゃ どんどんすすめ でごいちだ」

10回は読んだか。
ふと気づいたら、孫がベッドの下で一人遊びしている。
寝入ってしまったのは、自分のほうだった。
2015年8月16日
宮柊二『晩夏』に「たたかひを知りたるゆゑに待つ未来たとへば若草の香(か)のごとく来よ」がある。
この歌をまえに、はたしていま「若草の香」が広がっているのか、むしろその逆ではないかと思ってしまう。
戦後70年を迎え、テレビもずいぶん戦争特集を組んだ。大本営化の危ぶまれるNHKも、かなり掘り下げた番組を制作してくれた。ふだんは〈内部検閲〉に締め付けられている制作側も、この機会を逃さじと頑張ったにちがいない。
おかげで埋もれていた新たな事実も、かなり知ることができた。
こうして8月15日も過ぎたが、私の心中には「なにかおかしい」という気持ちがのこった。
その理由がやがてわかった。NHKも民放も、番組の多くは沖縄、原爆、空襲、降伏など国内の動向が中心、日本軍が海外で仕出かしたことについては欠落している。
この両面を掘り下げてこそ、はじめて戦争の実態が浮かび上がるはずなのだ。
2015年8月15日
またまた新国立競技場の話で恐縮。
巨額の資金をかけて造るはいいとして、オリンピックが終わった後どうするかという話題も出た。
音楽祭、各種スポーツ大会ばかりでなく、大災害のときの都民の避難所としても活用できるなどの案があった。
私は今日、思いがけない用途のあることに気付いた。「短歌往来」9月号を手にし、藤原龍一郎氏の「丘の上の愚者」を読んだときだ。

「新国立競技場には屋根ありて雨に濡れざる学徒出陣」

学徒出陣といえば、土砂降りのなかの明治神宮外苑競技場の行進だ。あのときの会場には屋根などなかった。だが今度は屋根付きだ。どんなに雨が降っても濡れることなく、整然と行進できる。
折りも折り、安倍政権は憲法を無視して安保法案を通そうとしている、その行き着く先には徴兵制もありうる。出陣式だってここを使えばずぶ濡れになることはない。
これはもちろん藤原氏のきつめのジョーク。
2015年8月11日
川内原発一号機がとうとう再稼働した。
福島の事故と、それに伴う多数の人々の生活破壊が少しも収束していないというのに、わずか4年経ただけで再び原発稼働国になる。
こちらの神経は、いやでもささくれ立つ。私の周辺では太陽パネルがどんどん増え、節電にも意識的、電力自由化になったら金が高くなっても原発電力は買うまいという空気が広がっている。
だのにそういう意識変化に目を向けず、そればかりか多数の犠牲者を無視して再稼働へ突き進む。
ということは、犠牲を払ってでもやらねばならぬ大事なことがあるからなのだろう。
それがなになのか、こちらに来てきちんと説明してほしい。
核を手放したら国力が衰えるのです、核兵器も持てる体制にしておかないと近隣諸国にバカにされます、皆さんには申し訳ありませんが国としては手放すわけにはいかないのですというような本音をさらけ出してほしい。   
2015年8月10日
作家高見順は1907年生まれだから、敗戦の時は38歳。1943年に陸軍報道班員としてビルマへ派遣されたものの徴兵にはならず、以後鎌倉に住む。
たびたび上京しては敗戦にいたるさまを直視し、日記にとどめていった。
玉音放送の日に妻が「ここで天皇陛下が、朕とともに死んでくれとおっしゃったら、みんな死ぬわね」といったのに対し、「私もその気持ちだった。」と書いている。
そこは庶民と落差がある。庶民のほとんどは死ななかったと思う。
けれどその他の記述には現在をも射当てることががあちこちにある。

「金のない者は結局、こうして身動きができず、逃れられる災厄からも逃れられないのだ。東京の罹災民は、みなそれだ。金持はいちはやく疎開して、災厄からまぬがれる。」

1945年3月12日の日記。
現在だって、金があり地位があり自由のきく人は、まっさきになりふりかまわず逃げて生きのびる。
2015年8月9日
「誰も皆悪くないのというひとも鶴の首なら折ったはずです」
「霜柱 一匙すくい朝礼の生徒みたいだキラキラと泣く」
「コスプレの少女ふはふはとかたまつて売られる兎のやうに地にゐる」
「動物園に雨降る午後は声もなく廃墟に降りたやうな鷲の眼」

ある日私は2冊の歌集を立て続けに読んで不思議な思いにとらわれた。
一体世代差ってなんだろう、感覚とか意匠とかに差は出てきても、人の核の部分ではそれほどの差はないのでは?
新時代への感応はいつでもあるが、過剰感応はやがて淘汰される。
だがそれらを濾過したのちに透視できる部分つまり核、それは案外脈をうち合うものではないか。
引用作の最初の2首は藤本玲未『オーロラのお針子』、後半2首は馬場あき子『記憶の森の時間』。
藤本は1989年生れで24歳、馬場は1928年生まれで85歳。その差61歳だが、100年単位でみたらやっと半ばを超えたところだ。 
2015年8月9日
東京オリンピックへ向けて国立競技場をリニューアルしようとし、あまりにも莫大な予算にストップがかかった。流線型で天井も開閉できる、図面で見るかぎり夢のようなデザイン。それを採用し、いざ予算を算出してみたらとんでもない額になることがわかった。 
摩訶不思議なことに誰が責任者なのか、はっきりしない。
このいきさつにはあきれはてるほかないが、実は体育系の陥りやすい危うさでもある。体育系の催しは、とかくどんぶり勘定、役員体制も親分子分の要素が濃厚。公金も体育系にはどんどん使う。
私は定年まで高校の教員をしてきて、文化部・体育部両方の顧問をしてきたからよくわかるが、出張一つとっても文化部は冷遇される。予算の格差となったら、さらにひどい。 
勝ち負けのはっきりする体育系は、学校や国家の威信に直結しがちだからいつのまにかこういう体質になり、金銭感覚も麻痺してしまう。 
2015年8月7日
『きけ わたつみのこえ』のドイツ版ともいうべきこの本、改めて読んでみて、まず1938(昭和13)年が初版であることにおどろいた。
宮柊二も出征先で手にし、祖国の運命に献身から疑惑へ、そして絶望へと傾斜する心理をとらえている。第一次大戦の手記ではあるが、他人事ではなかったのだ。
当時のドイツはフランス軍と敵対する。ところが手記にはフランス兵への侮蔑的な発言がない。
柊二もまた中共軍を「敵」としながらも侮蔑語は一切ない。
また日本兵はよく『万葉集』を所持したが、ドイツ兵もゲーテ、ヘルデルリーンなどのドイツ文学に親しんでいた。
さらに戦場の折々に目にする自然の美しさに心をいやされる。

「世界は以前に変はらずやつぱり美しい、戦争は我々から自然を奪ふことは出来ない。」「自然がある限り、僕はすつかり不幸になり切るといふことはない。」

国籍はちがうだけで人間としては同じだ。
2015年8月6日
自民党の若手議員が、安保法案反対デモに集結する若者たちを個人主義、利己主義だと非難しはじめた。こうなったのは戦後教育に原因がある、その元凶は日教組とまで豪語する。
このパターンには一種の思考停止がある。日教組の実態はかつてとは雲泥の差、組織率も衰退の一途。
だのにあたかもいまなお〈天敵〉であるかのごとく信じ込みたがる。
自民のお墨付きのタカ派の言ならまだしも、それこそ戦後教育に育った若手議員までが堂々と語るのだからねえ。
要するに国家主義を復活させたい、そのためには個人主義を排除したいのが本音。
けれど、国家信奉者は国家を守ってもいざというときに国民は守らないという事実を、こちらは山のように見聞してきた。
国民を守らない国家ってなに?子どもの頃から抱きつづけてきた単純素朴にして本質的なこの問いに自信たっぷりの議員さん、どう答えてくれるのだろうか。

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