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【往還集131】40 雪

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本年の「往還集」発信は、今回が最後となります。
日々心に去来するあれこれをパソコンに入力し、10回分たまったところで発信しています。
今日は年間回顧をしてみたいと思ったのですが、どうもパッと心の晴れるようなことがない。
今朝の報道でも、パキスタンの軍系学校がイスラム過激派に襲撃され、130人死亡という痛ましい事件が伝えられています。
遠い地にいるものは心を痛めるだけで、99、9%、どんな助力もできない。
近所の不幸な出来事にも、やはり99、9%無力であるほかない。
3・11のとき、こちらは逆に心配され、祈られる側に回りました。
人は、それ以上どうしようもないとき、互いの無力を認め合うほかない、それが結果的には支えになるのだと知りました。
あの日は雪。
雪は、自分で自分を美しいといわないけれど、やはり美しい。
今日も朝から雪。
周辺の森が墨絵のように霞んでいます。
(12月17日)
「路上」に「宮柊二」を、長期連載している。
目下『山西省』論に入って、資料読みの最中だ。
テキストにしているのは、岩波書店版の『宮柊二集』。
随筆・評論関係は、単行本のままでなく発表年順に収録されている。
読むほうにとっては都合がいい。
ただ単行本には、1冊の持つ勢いや熱さがある。そこで両方を合わせて読んでいこうと、所蔵していない分を検索して注文中だが、がっくりきたことがある。
それは値段のこと。
『埋没の精神』は2750円だから、まずは妥当なところ。『机のチリ』は228円、『白秋・迢空』は250円、『西行の歌』いたってはたった1円!
古書店にとっては、クズ同然だということ。なぜこんなことになるか。
読みたい、使いたい人が激減しているからにほかならない。
柊二も読まれない時代になってしまった。買うほうとしては安価は喜ばしい。
だのになんだか、すごく悲しくなってくる。
(12月16日)
この事はあまりに痛々しいので、書くまいと思っていた。
散歩のときその家のまえをよく通る。
昨夜も忘年会の帰りに通った。
近所の家は灯りがついているのに、一軒だけ静まり返り、がらんどうだ。
近所の人は、あまりの悲しみに誰もが黙し、時の流れを待っている。
けれど、なにもなかったことにしていいのだろうか。
子育てをした人なら大抵が経験する、わけもわからず泣きわめく赤子への苛立ち、そして孤立無援の思いを。
はじめての子で、近くに親しい人もいないときはなおさら。
転居してきて1年の若夫婦、1人目の赤ちゃん。
つい先日の9日に若いママは、4カ月のわが子を発作的に窒息死させてしまった。
事が起きてから、なにか手助けできなかったろうかと誰もが悲しみ、悔やむ。
けれど、もう手が届かない。
「いつの日にかママを許してくれるだろうか」と、そっと赤ちゃんに語りかける、祈る気持ちで。
(12月14日)
古山高麗雄の代表作は「プレオー8の夜明け」。22歳のとき仙台の歩兵第四聯隊に入隊した。そういう機縁があったからだろう、出版社の企画で学校講演に来てもらったことがある。
ところが生徒の大半は文学に関心がない。古山もぼそぼそとしゃべるだけで、要領をえないうちに時間がたってしまった。
自分は最近、戦争文学を集中して読んでいる。その1冊が『二十三の戦争短篇小説』(文芸春秋)。
描かれているのは、勇猛とか悲惨とかいう像とはちがう、いうなればダメ兵士像だ。かの日の要領を得ない講演の姿が思い出されて、懐かしささえ湧いてきた。
なにしろ分隊長の「撃て」の号令でやたらにぶっ放すものの、空へ向けて撃つ(「白い田圃」)。捕虜の手に食いこんでいる縄も、点検するふりをして緩めてやる。
皇軍兵士とはまるでちがう、等身大の兵士像が、つぎつぎに登場する。それがなんだか新鮮でさえあるのだ。
(12月12日)
最後の勤務校に赴任したのは、1996年。その日の午後に行われた入学式を、よく覚えている。
クラス担任が、新入生を高々と呼名していく。
名を読み上げられた新入生は、緊張した面持ちで「はい」と返事し、まだ身につかない制服姿ながら起立する。
何クラスか進んだころ、いきなり「ヤン ミジョン」の声が。
ひとりの女生徒がすーっと立つ。手元の新入生名簿を見ると「梁 美静」とある。
私は教師になって以来、何人かの隣国籍の生徒を担任したが、どの人も日本名に替えていた。本名を表に出すのは、なにかと憚られる空気が長くあった。
やっと本名を、堂々といえる時代になったのだ。ひそかに、胸が熱くなった。
授業で会うようになって、「美静ってなんてすてきな名なんだろう」と何度もいった。
ところで近年、隣国への敵愾心を露わにする言動が出てきた。今になって歴史を逆戻りさせようというのだろうか。
(12月11日)
歌集には、一篇だけ短文が挿入されている。故尾崎美砂は土器接合の仕事をしていたことがある。その経験を生かした作歌覚書だ。
歌細胞が目覚めるのは締切間近のみ、日常に隠れている非日常を捜し出し、熟語を検索して組み合わせるのだという。

「この作業は、土器を接合してゆく過程に似ている。まず、一番小さな言葉の破片を別の小さな破片と繫ぎ合わせ、中くらいの破片にし、更に他の破片をさがし、もうないとわかると、完全な形にするために、形容詞や副詞、の石膏を入れる。」

この特異な方法は、どんな歌を生み出しただろうか。

「着陸を待つ旅客機が街の灯をかすかに受けて旋回しをり」
「定刻に動く電車に乗り込みてわれは時刻表の支配下に入る」
「暑き日の歩道橋上歩み来てわが思惟の分岐しゆく瞬間」
心情・情緒にもたれかからず、湿度を排した思惟的な歌。この特異性。いまからの展開こそが楽しみな歌人だった。
(12月7日)
冬季は、自分にとって歌集を集中して読む期間。早暁に目覚めるのは同じだが、机に向かうと暖房代がかかる。そこで床に入ったまま読書する。歳とともに視力が弱ってきたので、活字の大きいのがいい。そうなると歌集が最適。
かくして歌人と対話することが多くなる。今朝読み終わったのは、『美砂ちゃんの遺歌集』。尾崎左永子さんが亡き娘の作品を刊行。だからこういう題になった。
自分はこれまでお嬢さんが歌を作っているとは知らず、作品にも注目してこなかった。あとがきに

「自分の力で世に出るなら邪魔をしませんが、どうも親子歌人というのは好みでないのです。」

とあるように、歌人の地位を借りて売り出すなど考えもしなかったのだ。
そこがいかにも尾崎さんらしい。
そのお嬢さんが2013年5月にガンを発病し、10月に死去。享年51歳。
1年過ぎて母親の手で編んだのだのが、この『美砂ちゃんの遺歌集』だ。
(12月7日)
総合誌や結社誌、個人誌には「あとがき」「後記」がある。なかには「編集前記」というのもある。私はそれらを読むのが好きだ。ほろりともれる本音が楽しい。ときにはそれ自体で立派な短詩というのもある。
最近、これはいい!とノートしたのは「かりん」2014年11月号の川野里子さんの一文。全文引用する。

「飛行機を見ると感動する。飛んでいる時も飛行場に並んでいる時も美しい。翼と翼が触れ合わぬよう並んでいる姿は神々しい。」

この極めて簡潔・的確な描写。
もうひとつ引用する。『短歌』12月号の「編集後記」。
「評論は読まれなくなったといわれて久しい。」

にはじまり、

「評論の要諦は、やはり、それがもたらす感動にある」

と、評論の本質を突く。これを書いているのは石川一郎氏。編集者にしておくのはもったいない(失礼!)と感服する「後記」を、石川氏はときどき記す。そこにいつも線を引く。
(12月5日)
戦中派のもうひとりの先輩教師についても話したい。
自分の初任校の教頭だった久保田三郎先生。彼は温厚な性格で、酒の席では踊りまでやる人だった。
家族4人で大陸に渡り、牡丹江に住む。その地で本人は召集され、終戦となってシベリアへ抑留。
妻と娘2人は日本へ逃れようとするが、長女を見失ってしまう。
帰国した妻、次女は間もなく衰弱死。
そののち本人も帰国し、死亡公報を断りつづけて長女を捜しはじめる。
初任校での出会いは、そういう時期だった。自分と同期の教師は何人かいたが、娘たちと同じ年齢のせいもあってか、なにかと可愛がってくれた。
やがて久保田先生は定年退職し、自分も転勤する。
1978年のこと、新聞を開いて

「33年ぶり娘から手紙 父親と呼ばれ感激」

のタイトルが目に飛び込んできた。
長女の名前は祥子(さちこ)さん。長春の人に拾われ大切に養育されていた。
久保田先生も、もう故人だ。
(11月30日)
高倉健追悼のテレビ映画「ホタル」を観た。特攻隊のドラマだ。韓国出身の青年も出てくるから、事は複雑。
が、今は映画でなく、特攻に関わる話をしたい。
自分が教師になったとき、先輩教師には実際に召集された人、戦禍に巻き込まれた人は何人もいた。
なかに特攻を志願し、飛び立つ寸前に敗戦を迎えたという人もいた。
その幸運を喜ぶべきところ、彼は「だまされた」ことに人間不信に陥り、特攻くずれを自称していた。
同僚ともうまく交わろうとせず、したがって職場での評判はすこぶる悪い。
「もう、誰にもだまされないぞ」と、自分の殻に閉じこもるだけ。
私は後輩として、通り一遍の礼儀は尽くしていたが、彼の内面にまで入り込むことはできなかった。
ただ、戦争とはかくまでも人の心を歪めてしまうものなのだと、思いやるばかりだった。 
彼の訃報は、数年前に新聞で知り、ひそかに冥福を祈った。
(2014年11月29日)
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