【往還集146】24 中村哲氏

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「耳を疑う」ということば、そのままでした。
昨夕のこと、ラジオがいきなり「中村医師が車で移動途中襲撃されたもよう」と伝えたのです。「もよう」だからまだ半信半疑。
さらに耳を傾けるうちに、死亡したことは確実となりました。
そして今朝の新聞トップ記事も「中村医師 銃撃され死亡」。
私は花巻に本部を置く宮沢賢治学会の会員で、しばらく賞選考の部門を担当していました。
賞には、賢治研究を中心とする宮沢賢治賞と、賢治精神の実践を中心とするイーハトーブ賞があります。まず会員に候補者を推薦してもらい、それをもとに数人の委員が選考に当ります。
私自身、2000年に『宮沢賢治 東北砕石工場 技師論』で宮沢賢治賞を受賞したので、いやともいえず選考委員に。
それはそれは大変な作業でした。賢治関係の研究書は毎年20冊は出る。その全てをまともに読んだうえで、選考会議を重ねていきます。
(12月5日)

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このページは、管理者が2019年12月 5日 11:15に書いたブログ記事です。

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