2019年7月アーカイブ

【往還集146】3 第2の生

横須賀さんのお嬢さんは幼稚園経営に携わっており、「やかまし村」こども園を立ち上げることになった。
それを気仙大工にお願いすることになって、建築関係の事はもとより森林の現状にまで関心を深めていったのです。
上棟式のときの挨拶もつぎのように書き留めています。

「木は植物としてのいのち、木材としてのいのち、という二つのいのちを持っているのです。木は生きものとして、地中に根をはり、幹を立て、空に向かって葉を繁らせ、花を咲かせ、実をならせ、種をつくって子孫を増やしながら木のいのちを生きています。でも、山で生きてきた木はこれからは木材としてのいのちを生きることになるのです。」

樹は伐採されたとき、大地に根を張って生きてきた第1の生を終える、しかし木材として使われるとき第2の生がはじまる。
木材をまえにして尊厳感を覚えるのは、それだったのだと私ははじめて納得しました。
(7月26日)

【往還集146】2 樹

岩手県岩泉町に「岩泉純木家具」があります。
案内書には「三百年生きてきた木を三百年使える家具に 瑞々しくそして温かい木の生命を未来へと受け継ぐために」と。
盛岡市材木町にあるショールームに立ち寄って実物を見たとき、えもいわれぬ感銘を覚えました。
家具はいうまでもなく樹木を伐採し、加工して造られる。つまり、天然の樹はいったん人間の手で生命を断たれる。
ところが目のまえに置かれたイス・テーブル・天板その他諸々は、屍どころか、新たな生命をもった木材として息づいている。
板の表面にそーっとてのひらを当てると、さらにそのことが実感されます。
これはどういうことだろうという問いを、長い間心に温めてきました。
「そうか、そういうことだったのか」と1冊の本に出会って、やっと納得することができました。
それは横須賀和江著『気仙大工が教える木を楽しむ家づくり』(築地書館)です。
(7月26日)
拙作に「いつの間にか視野より消えしタレントが今朝よみがへる訃の人として」があります。
有名人もいつかは忘れ去られ、ある日訃報欄で「こんな人がいたんだ!」と思い出されるという意味。
今朝の「朝日」(7月24日付)にその体験をしました。
明日待子、もと「ムーランルージュ」の人気女優、99歳で老衰死。
私は「あしたまちこ」と覚えてきました。幼少年期の前沢時代、隣は警察署長官舎。そこに少女時代の本名須貝とし子も移転してきて、同じ年の叔母フミと仲良しになりました。
後にスターになり前沢に公演に来たとき、旅館でなく母の実家に泊まりました。
幼い私はこっそりのぞきこみに。
流しで歯を磨き、うがいをしていました。垢ぬけしたブラウスにスカート姿。田舎家にはいかにも不似合いですが、そんなことを気にとめている風でもありません。
スターを目のまえにしたはじめての日でした。
(2019年7月24日)

【往還集145】17 生年

私は結社に入っていないしどの歌人団体にも所属していない。歌の世界の傍流に位置しているだけですが、それでも多くの方々から歌集をいただき恐縮します。
刊行費用がいかほどかよくわかるので、可能なかぎり丁寧に目を通し、依頼があれば書評も書いてきました。
未知の方のは、まず「あとがき」と「略歴」を開きます。
そういうとき「生年」を伏せているのが特に女性に多いと気づきます。
何歳であるかを他人に隠したい気持ちはわかる。公表するかしないかも本人の自由。
しかし短歌の場合どういう時代に生まれ、成育したかは読解のためのヒントになることが多い。
作品と年齢は関係ないという立場もないわけではないが、短歌はその一般論が必ずしも当てはまらない。
それ以前に「隠す」という魂胆が、最近特にひっかかるのです。
というわけで、生年のない歌集の書評はやらないという原則を立てることにしました。
(7月1日)
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