2019年1月アーカイブ

【往還集144】20 性差問題

性差問題について語りはじめたらきりがない。しかもどんなに語っても充足感がない。それはなぜかといえば――とまた語りたくなってとても「往還集」
には収まり切れない。
今回はほんの挿話だけに留めます。
現職時代のこと、職員室の隣に休憩室がありました。
女子教員もいます。不調のときには体を伸ばしたい、妊娠しているときはなおさら。
そのことを考え、室の半分に衝立を設け、女子専用室を設ける事を提案し実現しました。 
ところが1人の先輩男子教員がそこに入って昼寝する。

「ここは女子専用室です」

と注意するとカンカンになって

「男女は平等であるべきだ、部屋で差別するなんてけしからん」


とまくしたてる。
ちなみに彼は思想的には進歩派で男女平等主義者。

「それならトイレも別々にするのはダメなんですか」

と問えば、ますますカンカンになった。
平等が独り歩きするとこういうこともあるという例です。
(1月29日) 
ひとりの選手が世界の舞台に立ち、持てる最高の能力を発揮しようとするとき、出身地や国籍を意識するでしょうか。
なかには国家を背負って悲壮な戦いをする選手はいる。
そのため行き詰まって自裁してしまう悲劇もあった。
しかし自国を離れ、他国人をコーチにするのも常態となっている今日、スポーツはすでに無国境状態になっている。
それにもかかわらず、出場するには国籍が必要で、スポンサーや応援体制がからむことも少なくない。
だから、〈無国籍のただひとりの競技者〉として表舞台に立つことは難しい。
国家自体が前面に出て選手育成するような場合はなおさら困難になる。
世界レベル級の選手になればなるほどこの両者に引き裂かれる。
それをうまく切りぬける知恵も養っていかざるをえない。
大坂なおみ選手に見たのは、知恵にまだ染まらず、辛うじて〈無国籍者〉も保っている輝きだったのではないでしょうか。
(1月27日)

【往還集144】18 国籍の問題

テニスに通り一遍の関心しか持っていない私も、夕べの全豪オープン女子シングルスには釘付けになりました。
チエコのクビドバの長身といい眼光といい、若き大坂なおみの太刀打ちできるところではない。
――と思っていたら、大熱戦の末の大勝利。マスコミならずとも「新しい時代がはじまった!」
と絶賛したくなります。
が、「東洋・日本で最初の世界ランキング1位」
と語りたがるマスコミの口吻には、どうしても違和感を覚えてしまう。
なおみさんの父親はハイチ出身、母親は日本出身ですが3歳でアメリカに移住し、現在も生活の本拠地は向こうになっている。
そういうとき、はたして本人が自分の出身を東洋・日本・大阪と意識するかどうか。
なおみさんの容貌がたまたま東洋人のわくにおさまらないから、そういう疑問が出るともいえますが、スポーツと国籍の問題は、根強く根深くありつづけてきたことでもあります。
(1月27日)
なぜキョトンとしたって?
やりたいことは切りもなくある、けれど世界最高齢で名峰をきわめたいといった類の目標があるわけではない。
それどころか、高齢化する親世代の介護を何度も体験してきている。
だからわけもなく歳だけ食って、次世代に迷惑をかけたくないというのが正直な気持ち。
それにしても76で成り行きにまかせるのは早すぎるかどうか、ここが微妙。
そんなとき、妹尾まなほ『おちゃめに100歳!寂聴さん』(光文社)に、医師の語った1語を見付けました。

「周囲から説得されイヤイヤ手術をすると決めたときと、本人が手術を希望して、意欲的に臨むときとでは、結果が違う。持ちこたえられるものも、持ちこたえられない場合がある」

これはけだし名言。医療だけでなくたいていの分野に当てはまる。自分で意欲しなければ効果に結びつかない。
さて自分はどうする?
時間をかけてしばし考えてみます。
(1月22日)

【往還集144】16 微妙な境界・続

以来、注射と薬によるホルモン療法に入りました。
1年たって再びMRI検査を受けたら、がんの影は消えていました。
つまり効果があったのです。
しかしそれで完全卒業というわけではない、がんは冬眠しているだけだから、この際放射線とか手術で消し去る手があるというのです。
ここに至るまでの医師との対話は、われながら興味深いものでした。

「1昔まえは75歳あたりは治療するかしないかの微妙な境目でした。治療をしないで自然にまかせていても、がん化しないこともあります。

(事実私の父親は高齢で見つかりましたが、放置しておいて96歳で老衰死)。
「ただ佐藤さんは足腰もしっかりしていますから、このまま放っておくというのも┅┅。治療するにしてもしないにしてもリスクは伴いますから、自分のライフスタイルに合わせて考えてみてはどうでしょうか。


この「ライフスタイル」1語に、キョトンとしたのです。
(1月22日)

【往還集144】15 微妙な境界

75歳が微妙な境界線だと気づいたのは、最近のことです。
これまで高校3年のときの虫垂炎手術以外、入院体験を持たないできました。こまかいトラブルはいくらでもあり、とても頑健とはいえませんが、いつの間にか60を越え、70も半ばを越えていました。
一般検診を受けても、結果はほとんど異常なし。
この年齢でどこもひっかからないなんておもしろくないと、オプションでPSAつまり前立腺がんの検査も受けました。
4歳下の弟がこれに引っかかったという情報があったからです。
すると私も見事に〈当選〉してしまいました。
結果をまえにしたときの私の気持は「とうとう死の芽をはらんでしまったか」という驚きの反面、安堵もありました。
人は誰もがいつかは死ぬ、しかし何によって死ぬのかわからないという漠然とした不安を持っていましたが、やっと形が与えられたのです。
そこからくる安堵あるいは納得。
(1月22日)

【往還集144】14 「KYO峡」終刊号

北川透氏は1935年に愛知県に生まれた詩人・評論家です。
1962年に詩と批評誌「あんかるわ」を刊行、旺盛な表現活動を展開してきました。下関へ移転するのをきっかけに、それには終止符を打ちました。
私は途中からではありましたが購読者となりましたから、終刊が残念でなりませんでした。
しかし2013年には「ひとり雑誌 KYO峡」を発刊。毎号濃密な内容で健在ぶりを印象付けてきました。
が、第14・15号をもって終刊となり、つい先日届いたばかりです。
北川氏もいつしか84歳。不調をかかえても不思議ではありません。
この年齢にもかかわらず「吉本隆明の詩と思想」その他の評論を書きつづけてきたことには頭が下がります。
「ひとり雑誌」を発刊することがいかに大変なことであるか、「路上」自身も体験していることです。
長い間の持続の姿勢にはこちらも支えられてきました。ご苦労様でした。
(1月20日)

【往還集144】13 七六

「河北歌壇」の選を担当してから30年たちました。
選者は毎年「新春詠」を出すことになっています。
今年の私の作品は「セーター」5首。再録してみます。

「幼日(をさなび)の記憶の母はいつもいつも障子明りに寄りて手編みす」
「名掛丁に購(あがな)ひし毛糸ひとかかへ草原(さうげん)の人にかへつたやうな」
「パソコンに疲れし指がうれしがる薄草色の毛糸を繰れば」
「一〇〇着のセーター編まむこと思ひ立つ 目下、七六 先はまだまだ」
「初春(はつはる)の光(かげ)あれば光(かげ)も編み込みて半日がほど部屋にをりたり」

机に向うことの多かった日々、気分転換に編み物をはじめたのは35年ほどまえ。
1着ごとにデザインその他の記録を袋に保存してきました。
近年は目も指も弱り、「七六」着目で休止状態。
最近になってまた少しずつ編みはじめました。
あれ「七六」って自分の年齢と同じではないかと気づきました。
(1月15日)
汐海治美(しおかいはるみ)詩集『犬について私が語れること十の断片』(風詠社)は、10年余を共に暮らしてきた桃ちゃんについての作品です。
作者は難病にかかり、抱っこもできなくなる。
すると桃ちゃんは嫌われたと思ったらしい、自分への態度も変ってしまう。
これは切ない、犬にとっても自分にとっても。
「私も犬も十分に生きたよ夏木立」にはこういうフレイズもあります。

「なぜ彼女は犬に生まれ/なぜ私は人間に生まれたのか/は/永遠に謎のまま」

子ども時代犬を飼ったことのある自分にもこの感覚がよくわかります。
マリーと日向ぼっこしながら「どうしてマリーは人間に生まれなかったの?自分とどこですれちがったの?」と思いながら首や背をなでなでしました。
マリーはうっとりと目を細めているだけでしたが、

「犬に生まれただけでじゅうぶん、すくなくとも人間だけはごめん」

といいたいような表情でした。
(1月14日)

【往還集144】11 元号のイメージ

あと数カ月で新元号が発表されます(「路上」144号刊行のころは公表されているはず)。 
これに関連してあちこちで「平成特集」が組まれていますが、そもそも時代や文化の動向と元号には相関関係がない。
ですから依頼されるほうはとまどいの連続です。
このことは『短歌』の「歌壇時評
を担当したときも書きました(2018年6月号)。 
江戸時代以後の元号は明治・大正・昭和ですが、どれをとっても1つのイメージではくくれない。
だのに「明治は遠くなりにけり」と過去としてふり返る位置に立つと、自分の主義主張または関心事に合わせて部分的につまみ食いしはじめる。
最近も「明治の日を作ろう」の提案が出てきた。国家形成に焦点を当て、近代日本の原点と考えたがっている。
さらに「昭和は素朴で懐かしさのある時代」という発言まで出はじめた。戦争時代を、意図的にはずそうとしているのです。
(2019年1月12日)
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