【往還集143】49 戊辰戦争一五〇年・続

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東北に派遣されたのは、長州藩士世良修蔵。彼は兵を率いて東名浜に上陸。
戦争回避の申し出も受け入れず、行く先々でやりたいほうだい。
殊に会津への怨恨は強く、徹底して攻めこもうとする。
あまりにも横柄な態度が反感を招き、ついに斬首されてしまう。
というわけで世良は、東北、特に会津地方では悪名高い。
私は何回か会津を訪れています。町内に保存されている旧家も見学したことがあります。そのとき主は

「会津では今でも長州の人間とは婚姻関係を持たない」

と説明。
この恨みの深さにはおどろきました、世良はひどいが会津もなかなかなものだなあと。 
現在も長州嫌いが〈伝統〉になっているのかどうか。
世良の肖像に向って吐き捨てた90翁、もしかしたら父か祖父が、戦争の犠牲者だったのかも。
ちなみに児童文学の先駆者(『小公子』の翻訳者)若松賤子(しずこ)も幼くして会津の戦乱を目撃しています。
(10月31日)

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このページは、管理者が2018年10月31日 10:36に書いたブログ記事です。

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