【往還集143】21 〈駅の子〉

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私は1943(昭和18)年1月生れです。敗戦の年は2歳7か月ですから戦争そのものの記憶はありません。
しかし今なお鮮明なのは、街角で出征兵士を送ったこと、遺骨としての帰還を何度も駅に迎えにいったこと。
さらに小2のとき、上野駅で多数の駅の子を目撃したことです。
父親に上京の用ができて、兄と一緒に連れていってもらうことになりました。
初めての東京。
上野に降り立ったとたん、多数の浮浪の大人に交じって、これまた多数の〈駅の子〉がいたのです。
その夜は叔父の住んでいる渋谷区富ヶ谷に泊まりました。一帯は広大な焼け野原、あちこちにバラックが建っていました。
戦争が終わって5年、後遺症は殊に首都圏には山のように残っていたのです。
NHKスペシャルで「〈駅の子〉の闘い」を見ました。初めての東京で目撃したのも、自分の年齢とほとんど変わらない、いっぱいの〈駅の子〉たちでした。
(8月13日)

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このページは、管理者が2018年8月13日 11:22に書いたブログ記事です。

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