【往還集142】17 古典と現代・続

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古典といえど、現代に通じる問題はいっぱいあると見直したのはずっと後のことです。 
ところで私は卒論の題を決めるとき、現代の人間と深く関わるものとして太宰治『人間失格』を選びました。
やがて高校に就職しますが、日常があまりにも忙しくて勉強できない。
再度大学へ戻ろうと、東北大学国文科の大学院を受験。
その時の面談で「太宰治は文学研究の対象ではない」と文芸学の権威たちにいわれ、「いや文学は現実に生きる人間と密接している」と反論しました。
弁護してくれたのは菊田茂男という若手の先生だけ。
結果は当然のごとく不合格。
当時の文芸学にとっての対象は古典、現代文学も鴎外・漱石あたりまででした。
そのときをきっかけにもうアカデミズムに頼るのはやめよう、独立独歩でやっていこうと決めました。
以後多忙さに押しつぶされそうになりながらもはじめたのは「路上」刊行と、新美南吉論です。   
(5月20日)

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このページは、管理者が2018年5月20日 09:16に書いたブログ記事です。

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