2018年2月アーカイブ

時田則雄氏は1946年北海道生まれ。帯広に広大な農地を持ち、百姓を貫いてきました。
百姓といってもこちらの田畑を耕すイメージとはちがう。
トラクターを駆使して、掘りまくり、採りまくるといった感じのようです。
第1歌集『北方論』以来どの歌集も読んできました。
さすがの彼も72歳、肉体労働は相当きついはず。その分、というべきか、今度の第12歌集からは、自然のなかにおのれをゆだねる気息が伝わってきます。

「新しい光が今朝も地にあふれ影がゆつくり動きはじめる」
「おもひきり背筋伸ばして大の字になりをりしあわせとはこんなもの」
「玉葱がつーんと伸びてゐる真上消えそこねたる朝の月浮く」

こういう広大な作品世界はちまちました都市生活の中からは生まれてこない。

「長いながい冬去りたれば野に出でてわれはみどりの炎とならむ」
「かぜに吹かれ雨に打たれて生きて来た いますぐにでも土に還れる」
(2月25日)

【往還集141】10 この冬

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▲枯れ木が縞模様になっている山林。
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▲白滝不動の造形。

この冬は雪の日が多く、気温もなかなか上がらない。
来る日も来る日も真冬日。
例年なら2月も半ばを過ぎると、畑土が現れ、イヌフグリやハコベの小花も日ざしをまぶしがる。
もっとも、寒冷は寒冷なりに見どころはあるもの。
デジカメを首に下げて、山林を歩いてきました。
周辺に連なるのは、どこにでもあるような凡々たる山林ですが、雑林から落ちた雪が地肌に積り、枯木の黒が繊細な縞模様となっている。
この版画のような景には、何度見ても魅了されます。
山手には、日蓮宗の本法寺があります。その近くから谷へ下りていくと、蕃山へつづく登山口に出ます。
入り口には、山から流れ出る滝があり、白滝不動という地蔵も祀られています。
雪の坂道には、ニホンカモシカの足跡があるばかり。
滝にたどり着くと、地蔵はすっぽりと氷柱に囲まれ、氷柱のうえにはさらに氷が重なってみごとな造形となっていました。
(2月22日)

【往還集141】9 『銀河鉄道の父』

宮沢賢治はスゴイ!と賢治愛好者が口にするのはあたりまえのこと。
私もずいぶん長い間読んで書いてきました。けれど〈愛好者〉にくくられることには抵抗がある。ただの〈賢治関心者〉でよいと思ってきました。
そうではあるが、たしかに賢治はスゴイ。なにしろ〈賢治研究者〉でない人が本気で賢治を書いているのだから。
昨年は今野勉氏の『宮沢賢治の真実』(新潮社)。
そして今度は門井慶喜氏の『銀河鉄道の父』(講談社)。
ここでは後者に焦点を絞りますが、賢治の姿に臨場感があり、引きこまれました。
同時に注文もあります。
第1、妹トシの女学校時代の〈事件〉には一切ふれていない。
第2、東北砕石工場時代もとりあげていない。
第3、そのため「雨ニモマケズ」も花巻の病床で書いたことにしている。
特に砕石工場時代は父親の影が濃厚なのだから、父親に焦点を当てる小説であるならぜひとりあげてほしかった。
(2月22日)

【往還集141】8 漆器

「コスモス」は短歌結社誌ですが、短歌に直接かかわりのないエッセイも連載されています。
片柳草生さんの「道具さんぽ」。
さまざまな工芸品が写真入りでとりあげられており、私にとって必読のページです。
今号(2018年3月号)は「塗りもの」。天然木に漆を塗ってしあげた器について語られています。

「木と漆は、ともに天然の植物素材。正直な仕事が施された器は、手や唇を触れたときに、えもいわれぬ優しさが伝わる。それが一番の魅力だ。」

この一文で子ども時代が甦りました。
前沢に住んでいたとき、隣が「秋田屋」という塗り師屋さんで、何度ものぞきに行きました。
職人さんが「漆に負げっから離れで見でろよ」といいながら、何度も塗り重ねる過程を見せてくれるのです。
数日おいたあと、今度は木賊(とくさ)で磨きあげます。
こういう貴重な現場を、何度もじかに見てきた。今頃になって、気づきとはーー。
(2月21日)
「有効に使われるべき」と書いて、松平修文に思いは飛びました。
昨年11月23日に逝去した彼についてはすでに「往還集140-27」に記しました。 
新年になって「月光」54号に特集「追悼 松平修文」が組まれました。
それによると、本人がこれ以上の輸血は停止したいと主治医に申し出たと。
福島泰樹氏は「弔辞」のなかで、「若い患者を救うために、血液は大変貴重です」の一言が医師からあり、それが申し出のきっかけになったと推定しています。
医師との間にどういうやりとりがあったのかはわかりませんが、つぎの世代のために有効に使ってほしいと思うのは、松平修文の人柄からして自然のような気がします。
遺稿「よいいちにちを」を再読すると、

「湖面を移りゆく雲団を乱すことなし、白鳥の群れしづかなり」

があります。
すでに自分の行き着くところを見定め、心静かに受け入れようとする歌だと思いました。  
(2月20日)

【往還集141】6 MRI検査

前立腺がんが見つかり、ホルモン療法に入って1年、数値が最低になったのでがんの有無を調べんものと、今日行ってきました。
MRI検査といいます。
体験者はご存知のように、仰向けのままドームへ送りこまれ、
ガンガン
ズンズン
ドッコドッコ
の音に取り巻かれる。
これまで4回受けましたが、そのたびに「まるで宇宙旅行のよう」というゆとりがありました。
しかし今日は40分がきつかった。
検査馴れしているはずなのに、この変化はなに?
気づいたことの第1は、若いときなら「家族のためにも仕事のためにも踏ん張らなきゃ
の動機があった。後期高齢の仲間に入った今は「意地でも生き延びよう
が薄くなり、「自然にまかせてよかろう」が頭をもたげてきた。 
第2に、医療費には多額の金がかかり、薬品だって無限ではない、それならばむしろ、これからの若い世代にこそ、有効に使われるべきだと思いはじめたことです。
(2月20日)

【往還集141】5 子どもの絵

久しぶりに街へ。
メディアテークに寄りました。
昨秋は落し物で大失敗したので、今度はしっかりと自己点検しつつ。
「第43回親と子と教師の絵画展」をやっていたので入ったら、幼稚園児の絵がいっぱいいっぱい展示されていました。
うまく描こうなどと思わずに、自由自在に描く絵の楽しさ。人やら動物やら鬼やら飛行機やら。
パンフを開いたら画家の佐々木正芳氏が書いています、

「子どもの色々な発達の中で絵の発達が一番遅れてやって来ます。思ったより幼いものです。それでつい〈何、コレ!〉とやってしまうのです。子どもはすごく悲しい。喜んで描かなくなってしまいます。喜んで沢山描いてこそ伸び伸びと元気よく、心をこめて、工夫して子どもならではの素晴らしい絵を描くようになります。褒めるとは認めることです。」

なるほどと同感して読みました。
それにしても子どもたちのエネルギー全開の作品たち!
(2月17日)
新年を迎えて以降、こちらにとって打撃となる変化が3つ生じました。
1つは歩いて5分ほどのところにあるポストの撤去予告。メールでは済まない原稿や書類もあるので、頻繁に利用していました。別のポストは遠い。とても気軽に投函できる距離ではない。
2つは、近くにあって愛用してきた書店の完全閉店。本はやはり実物を見てから買いたい。あれこれと見定めるときのわくわく感、これが遮断された。
3つは本の発送料金が一気に上ること。これまで「路上」はクロネコさんにお願いして全国へ届けることができました。その発送規則が厳しくなり、倍の料金がかかることになった。個人出版の「路上」にとってはきわめて痛い。京都の三月書房さんの1月23日発信のブログにも「配達業界の人出不足が深刻で、メール便や宅配便の料金が今春から上りつつあります」と。
あれこれのことが一気に変わろうとしています。
(2月6日)
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