【往還集139】15 墓碑

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▲同慶寺のなかにある素朴なお地蔵さん。

自分の死後処理の希望、それは葬儀をしないこと、墓地も持たないこと。
とはいいながら、寺院巡りが好きで、機会を見つけてはよく行きます。
最近行った市内の寺は本法寺、輪王寺、資福寺、弥勒寺、安養寺、そして今日は同慶寺。それぞれに趣があって、心に安らぎを与えてくれます。
そればかりでなく、それぞれの墓碑を巡るうちに、一族のかけがえのない歴史があれこれと思い浮かんでくるのです。
近所の同慶寺は、山林を背後にした閑静な寺。
碑名を辿るうちに、没年「昭和十八年」に目が止まるようになりました。
これはつまり自分の生年。
戦争末期で、医療も食糧も貧困。乳幼児で亡くなった人も多い。

「昭和十八年九月七日 三才」

などをまえにすると、胸が痛くなります。
しかし

「昭和十八年十月四日 百才」

も見つけました。
こういう時代でも長寿のおばあちゃんはいた!
なにか、ほっとした気持ちになったのです。
(6月8日)

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このページは、管理者が2017年6月 8日 10:51に書いたブログ記事です。

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