2017年5月アーカイブ

詩集『学校という場所で』(風詠社)の作者は、汐海治美(しおかいはるみ)さん。長い間高校に勤め、今年退職を迎えた方です。
「万穂と里菜へ」に来たとき、ただならぬ思いが湧いてきたのです。
サブタイトルに「宮城県名取市閖上海岸ふたたびの春」とあるように、閖上で亡くなった姉妹をとりあげています。
「往還集」は400字の限定で書いてきましたが、この作品は部分を紹介したのでは、うまく伝わらない。作者から了解をいただいたので、全文を引用してみます。


春を告げるものの何もない
その街で
目を瞑ると
海なりが聞こえます

それは
あなたたち家族が
茶の間であげる
穏やかな声なのだと
思いたい

あなたたち姉妹が
遠い海の底に
お母様やお祖母様と一緒にいて
残されたお父様を励ます言葉を
探しているのだと
思いたい

ねえ、万穂

津波が来ると聞いた時
あなたはどう思ったのかしら?

津波がすぐ後ろに迫った時
あなたはどう感じたのかしら?

津波の音を後ろで聞いた時
あなたは車の中で必死に走り続けようとしなかったかしら?

津波があなたを呑みこんだ時
あなたは何を願ったのかしら?

ねえ、万穂

津波があなたを乗り越えて行った時
あなたはもっと生きたいと思わなかったかしら?

津波があなたを深くさらった時
あなたは短い命を惜しんで身をくねらせて嘆かなかったかしら?

津波の黒さがあなたから光を奪った時
残される人の幸せを願わなかったかしら?

ねえ、万穂

あなたが
津波とともに自らの生を終える時
あなたは希望についてこの世の誰よりも深く考え
誰よりも神の近くにいたのだと
思いたい

そう願わせてください
この世のすべてのものとともに
そう願わせてください


閖上の姉妹が、父一人をのこして母、祖母とともに帰らぬ人となった。それが作品の背景です。
「誰よりも神の近くにいたのだと」の「神」を特定の神と考えなくていいでしょう。
また姉妹は2万人のなかのふたりであり、2万人そのものでもあります。
あの日から6年経てやっと、こういう深い祈りのこもった作品に出会えるようになりました。
(5月30日)

【往還集139】10 とりあえず4点

国内国外は日々忙しく動いています。
私も人並みに報道を通じて知り、心を傷めたり憤ったりしているのですが、どうしても納得しがたい4点をとりあえず書いておきます。
第1、大国が核兵器を保持しているのに、未開発の国には「お前たちはダメ」という。この矛盾は子どもだってわかる。
第2、国連安保理事会には今もって拒否権が存在する。英・米・仏・ロ・中。一国が拒否権を行使すれば決議は成立しない。拒否権はもう時代遅れだと拒否権廃棄を提案しても、拒否権保持国は拒否権を行使する。
第3は日本のこと。原発事故のあと国内では新しい需要は見込めないからと、海外へセールスに回りはじめた。何たること!
第4、米軍基地を本土に移しては反対運動が盛り上るからと、沖縄に押し付けたまま。 
毎日憤っていたのでは

「ガン患者は文句いわずに治療だけせよ


なんていわれかねない。
けれど、やっぱりいう。
(5月23日)
「あるひのことです。おおきなくまがでてきて、「おまえだな、ぼくのもりをあらすものは。」というなり、きんたろうにとびかかってきました。」
(これ、クマのいい分のほうが正しい。なにしろ長い間の生活圏を侵されたのだから。現在クマ出没するのも、人間が追いつめていったから。ところがきんたろうに挑んだクマは負けてしまう。)

「もりのなかでは、ちからのつよいものが、たいしょうになります。まけたくまは、きんたろうのけらいになりました。それをみて、いままでくまのけらいだったもりのどうぶつたちが、ぞろぞろでてきて、みんなきんたろうのけらいになりました。」
(弱いものは強いものにひれ伏す。これまでのけらいもみんな強者になびく。現在の政界を見ているようでいやだね、理念はどうした!)

以下つぎつぎに納得できない展開が。
これまで、おかしいとも思わずに読んでいたとは我ながらうかつでした。
(5月22日)

【往還集139】8 『きんたろう』

3~5歳向けの「小学館の絵本シリーズ」があります。
何冊かを保存していますが、そのうちの1冊『きんたろう』を開いてみました。
あれあれ、この話、おかしいではないかと、今になって気づいたのです。
以下「 」は絵本からの抜粋、( )が私のつぶやきです。

「むかしむかしのことです。あしがらやまのおくのおくのほうに、きんたろうという、とてもげんきで、ちからのつよいこどもが、おかあさんとふたりきりで、すんでいました。」(まさかりをかついでいる子の体、ころころしていて、今でいう肥満児ではないか。お母さんとふたりきりとはナゼ?離婚?父親の病死または家出?シングルマザーのわけはなに?)

「やまのなかなので、おもちゃはありません。おもちゃであそぶかわりに、きんたろうは、まいにち、まさかりで、もりのきをきりたおしてあそんでいました。」
(むやみに伐ったりして自然破壊ではない?)
(5月22日)

【往還集139】7 青葉祭

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▲仙台駅前で踊る「ひろせすずめっ子」のグループ

仙台の青葉祭は、例年青葉が定まった季節に開催されます。
宵まつり、本まつりと2日間つづき、多くの雀踊りの老若男女が街中を踊りまわる。
今年は2日とも絶好の天候に恵まれ、かなりの人出。
私も今日、街に出て熱い雰囲気を堪能してきました。
前奏曲がはじまると踊り子たちが全身を屈め、今か今かと待ち構える、ついに舞いに移り、しだいに激しさを増す、そして最後にぴたっと終演。
この一連の動きは、短歌的というよりは俳句的だといつも思ってきました。
今や、仙台伝統の催しとイメージされるまでに定着しましたが、はじめは規模も小さかったのです。
私が仙台商業高校に勤務していた1970年代は小規模でした。祭実行委員に仙商OBが何人もいて、展示用パネルを貸してくれ、行列に出る生徒さんを集めてくれと汗をかきかき依頼にきたものです。
それがいつのまにかこんなに立派な大祭典になったとは。
(5月21日)

【往還集139】6 本音で語る具体論

ロンドン在住の渡辺幸一が「八雁」(2017年5月号)に「時評 ロンドンから」を書いている。
そのなかで、誰のどの作品かを具体的に示さずに、一般的な批判を書く傾向についてとりあげています。
これはもっともなこと。
たとえば「このごろの若手の作品は勝手気ままが蔓延している」「売らんかなの傾向に迎合している」などの評が出たとしても、誰のどの作品かがわからないと、検討しようがない。
そして、そういう評は後味が悪い。
なぜ具体的に示さないか。
他人を傷つけることによって自分も傷つけられたくないが第1。
作家や作品を切りつけるほどによく読んでいないが第2。
他人を切るほどの論拠を自分が持っていないが第3。
渡辺はいう、

「必要なのは抽象的な一般論ではなく、意見の違いを恐れずに本音を語る具体論である。」

これはまさに正論。
ただし本音を語るには論拠が不可欠。この希薄さが最大の問題では?
(5月18日)
子どもたちの遊びには、ちょっと危ないなあと思うのもあります。
けれどすぐにはちょっかいを出さない。
ある日、ケヤキの木に数人がのぼりはじめた、男の子も女の子も。
下りる段になって一番上まで行った男の子が、怖さのあまりべそをかきはじめた。
さてどのように解決するか。
お姉ちゃんがやってきて、自分も途中までのぼる。
冷静にならせたうえで

「下を見ないで、のぼったときのようにゆっくり下りなさい」

と的確にアドバイス。
男の子はぶじに着地しました。
今、山口浩子『無名鬼の妻』(作品社)を読んでいます。
評論家村上一郎の妻を描いた本です。
ある日、父親一郎が、木から下りられなくなった娘真理子に

「マー子、登った時のやり方を反対にやってごらん。こちらからも登って抱っこしてやるからな。下を見るんじゃないよ」

といったと書いている。
時代にかかわらず木から下りるときの助言は同じなのですね。
(5月17日)

【往還集139】4 すべりだい

私の住んでいる町は、少子化問題が信じられないほどに子どもが多い。
数年まえに小学校が新設されたばかりなのに、それでも不足してプレハブの仮教室を増設された。
家のすぐ近くには児童公園があり、学校から解放された子どもたちが集まる。
その活発さはじつに楽しいものです。
つぎつぎと新しい遊びも工夫する。
今日は「すべりだいたまりっこ
をはじめました。
ひとりが滑ると、下でとまる。つぎがすべってまたとまる。とうとう7人がたまりました。
そこにまだ幼いモモちゃんが。
モモちゃんも仲間に入りたい。子どもたちはちゃんと配慮して「モモちゃんいちばんさいごにね」という。
けれどひとりではまだこわいから「ママもいっしょ」とぐずる。
ママは「わたしまで入ったのではーー」と、遠慮。
やってみたい、けれどこわい、とうとう泣きだすモモちゃん。
なにか、1冊の絵本を見ているような感じでーー。
(5月16日)
私の西洋文物に関する知識はかなり貧弱。せめて主要な本は読んでいこうと思い立ったのは定年退職後。
時間の不足を嘆きながらも旧約、新訳、『新生』、『神曲』などなどへ挑戦してきました。 
そして今日からはゲーテ『フアウスト』。
これは高校時代の国語教科書に一部載っていて、先生が熱を入れて朗読してくれた思い出があるのです。森鷗外訳でした。
幸い鷗外全集が手元にあります。900頁を越える分厚い1冊。
『神曲』の解説で平川祐弘が「過去千年間の最高傑作は何か」の問いを設定し、『神曲』と『フアウスト』をあげていました。
ところが第二次世界大戦をはさんで、ドイツ人は罪の意識にさいなまれ、ドイツ文化にも自信が持てなくなり、

「ゲーテの名声も衰え、『フアウスト』は選に洩れてしまった」

と書いています。
そんなことがあったとは知りませんでした。今日から朝読書として、ゆっくりゆっくり読んでいきます。
(5月14日)

【往還集139】2 宮城宮子さん

NHKの番組に「私は誰でしょう
がありました。
なにしろ高校生のころですから、58年も昔。
内容のほとんどは忘れましたが、ただ一つはっきり覚えているのがあります。
マイクのまえにふつうの女性が立つ、その人がどういう人かをゲストが当てる。
なかなか正答に行き着かない。
とうとう最後に本人が種明かしをする。

「私は宮城県宮城郡宮城町字宮城の宮城宮子です」

エッと驚きの声、こんなことがあるなんて!
ところがその自分、岩手県から出てきて宮城県に住み、いつの間にか旧宮城町に住むことになりました。
現在も銀行の支店名は「宮城町(みやぎちょう)支店」。
ちなみに仙台には「宮城野支店」もあって、よく混同されます。
そういうわけで「宮城県宮城郡宮城町字宮城宮城宮子」を思い出すのです。
もし宮城宮子さん健在ならもう90歳は過ぎているでしょう。
健在だと確認できたら、あとでご報告します。
(5月13日)
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