【往還集138】37 「われ許されず」

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築地正子は1920年生まれの歌人。
東京に育ちますが、26歳のとき父母と共に、父の生家熊本県玉名郡六栄村に移住、耕作しながら82歳まで過ごします。
年齢を重ねるにつれて単独生活が無理になり、姉の住む西東京へ移住。
86歳で亡くなります。
この間「心の花」の歌人として作歌します。佐佐木幸綱が解説文の題を「孤高の歌人」(『築地正子全歌集』砂子屋書房)というように、世俗にこびることのない風格が一貫してありました。
私はそこに魅かれてきた隠れファンです。さて、『自分さがし』に

「剪られても痛みは言はぬ植物のやさしさならばわれ許されず」

に出会ったときには、どきっとしました。
次に並ぶ作品は

「いのち生くるこの地の上の対等の生物なれば昆虫(むし)をしひたぐ」

です。
築地は農耕者ですから作物を荒らす虫は除去しなければなりませんが、その根拠は「この地の上の対等の生物」にある。
(3月30日)

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このページは、管理者が2017年3月30日 10:45に書いたブログ記事です。

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