2015年8月アーカイブ

2015年8月30日
短歌大会で、扇畑利枝さんと一緒になることが何度かあった。
そのとき「お父さん」のことが話題になった。
お父さんとは扇畑忠雄氏のこと。
「お父さん、ほかの人には穏やかにみえるけど、家では怒り出すと凄いんだよ」というのだ。
この〈私〉へ帰ったときの憤怒ぶりは、歌にも出ている。

「人に世に憤るは老いの常といへはびこる金権の悪は許さず」
「愚かなる国の政治など信ぜざれ怒り収めて眠らむとする」
「民衆の一人として民衆に恃みたる心のゆらぎ老いて忘れず」

故扇畑忠雄は東北のアララギ系重鎮とされ、政治的に保守的な弟子もけっこういた。
が、戦中体験をけっして忘れることなく、最後の最後まで政治悪を許すことはなかった。 
その憤怒と

「老いてなほ美しきもの吾は見む若かりし日に見えざりしもの」

のローマンのまなざしは同居した。
こういう歌人の在りようが、今はなつかしく、またつくづく貴重だと思われる。
2015年8月28日
夏休み明けには小・中学生の自殺が増える、いじめ自殺事件もなかなか鎮静化しようとしない、注意して観察せよと教育委員会はいう。 
若い日に何度も死の想念に見舞われてきた自分は、ひどく胸を傷める。
同時に大人の無力を思わずにいられない。人が自らの生命を断つとき、ほとんどサンなしに実行するのが常だ。教師がどんなに観察しても、残念ながら限界がある。
わが子が自殺すると保護者はとかく学校の責を問うが、「親ですら気づかないことをどうして他人である教師がわかる!?」と逆に問われたら、しどろもどろになるほかない。
外部の目にサインはほとんど見えない。
ただし人によっては隠されたそれを感受できる。できても有効な打つ手はない。それとなく寄り添っているだけだ。
私は長く校内カウンセラーをしたが、年度の終るたびに、心配していた子たちも死なないでくれたなあとほっとするのが常だった。
2015年8月27日
自動車の高齢者講習会を受けてきた。
これまでも免許更新のたびに免許センターへ行き、多人数での講習会は経験している。今度もそんなものだろうとたかをくくって会場の自動車学校へ行ったら、受講者はわずか3人。
交通安全の講義にはじまり、道交法改正の説明、運転適性検査、教習コースの実際の運転と、かなり濃密なものだった。
ほぼ3時間もかかり、終わったときにはさすがに疲れた。
はじめ受講料5600円は高すぎると思っていたが、実際にやってみて納得。自分の総合診断は「全般的にやや優れています」だったから今回は一安心だが、頭ではまだまだ老いていないと思っても客観的には徐々に変化が生じている。
そのことに素直に耳を傾け、老いとはどんなものなのかじっくり観察してみようという気持ちになってきている。
生・老・病・死の最大のドラマ、これを包含する〈自分という舞台〉を見逃す手はない。
2015年8月23日
この夏は記録的な猛暑つづきで、熱中症も多発した。
畑仕事は早朝にかぎると、朝食もそこそこに畑へ出るようにした。
キュウリもトマトもピーマンもニンジンも大豊作。
除草して立ち上がったとき、いきなり吐き気がした。気温が一気に上昇し、軽い熱中症になったらしい。
そうそうに帰宅して、その日一日は静養した。
ところがお盆を過ぎるころから夜明けは遅くなり、朝夕の気温も肌寒いほどになった。 
早暁のベランダに立ち、まずは頭脳を冷やす習いの自分だが、周辺の森にあふれるヒグラシが、いつの間にか虫の音に変わっていることに気づいた。庭に咲き誇った夏の花も廃れ、秋の草花に移っている。
もう夏も終わりなのだ。
そう思ったとたん胸中からいいしれぬ寂寥感がこみあげてきた。
この夏に自分はなにほどのことをなしえたのだろうという悔いも湧く。
こうしていつも、内向しながら秋の季節へと入っていく。
2015年8月17日
東京に住んでいる娘が、2歳半の男の子と6カ月の男の子をつれてきて10日間滞在した。
6カ月のほうはハイハイするだけだからまだいいが、2歳半はまだおむつをしているくせにひどく活発で、いっときも活動をやめない。
道を歩く速さも相当なもので、待て待てととめるといっそう得意になってすっ飛んでいく。
昼寝ぐらいはさせないとこちらの体力がもたない。
そこで昼食後にお気に入りの本をもって来させ、読んでやることにした。
トッパンのカメラえほん『じょうききかんしゃ』。
1回読み終わったら、また読めという。くり返しているうちにすーっと寝てしまった。 
つぎの日もまた同じ本を読めという。

「ゆきをとばして かけるきしゃ ゆきのけむりを くぐるきしゃ どんどんすすめ でごいちだ」

10回は読んだか。
ふと気づいたら、孫がベッドの下で一人遊びしている。
寝入ってしまったのは、自分のほうだった。
2015年8月16日
宮柊二『晩夏』に「たたかひを知りたるゆゑに待つ未来たとへば若草の香(か)のごとく来よ」がある。
この歌をまえに、はたしていま「若草の香」が広がっているのか、むしろその逆ではないかと思ってしまう。
戦後70年を迎え、テレビもずいぶん戦争特集を組んだ。大本営化の危ぶまれるNHKも、かなり掘り下げた番組を制作してくれた。ふだんは〈内部検閲〉に締め付けられている制作側も、この機会を逃さじと頑張ったにちがいない。
おかげで埋もれていた新たな事実も、かなり知ることができた。
こうして8月15日も過ぎたが、私の心中には「なにかおかしい」という気持ちがのこった。
その理由がやがてわかった。NHKも民放も、番組の多くは沖縄、原爆、空襲、降伏など国内の動向が中心、日本軍が海外で仕出かしたことについては欠落している。
この両面を掘り下げてこそ、はじめて戦争の実態が浮かび上がるはずなのだ。
2015年8月15日
またまた新国立競技場の話で恐縮。
巨額の資金をかけて造るはいいとして、オリンピックが終わった後どうするかという話題も出た。
音楽祭、各種スポーツ大会ばかりでなく、大災害のときの都民の避難所としても活用できるなどの案があった。
私は今日、思いがけない用途のあることに気付いた。「短歌往来」9月号を手にし、藤原龍一郎氏の「丘の上の愚者」を読んだときだ。

「新国立競技場には屋根ありて雨に濡れざる学徒出陣」

学徒出陣といえば、土砂降りのなかの明治神宮外苑競技場の行進だ。あのときの会場には屋根などなかった。だが今度は屋根付きだ。どんなに雨が降っても濡れることなく、整然と行進できる。
折りも折り、安倍政権は憲法を無視して安保法案を通そうとしている、その行き着く先には徴兵制もありうる。出陣式だってここを使えばずぶ濡れになることはない。
これはもちろん藤原氏のきつめのジョーク。
2015年8月11日
川内原発一号機がとうとう再稼働した。
福島の事故と、それに伴う多数の人々の生活破壊が少しも収束していないというのに、わずか4年経ただけで再び原発稼働国になる。
こちらの神経は、いやでもささくれ立つ。私の周辺では太陽パネルがどんどん増え、節電にも意識的、電力自由化になったら金が高くなっても原発電力は買うまいという空気が広がっている。
だのにそういう意識変化に目を向けず、そればかりか多数の犠牲者を無視して再稼働へ突き進む。
ということは、犠牲を払ってでもやらねばならぬ大事なことがあるからなのだろう。
それがなになのか、こちらに来てきちんと説明してほしい。
核を手放したら国力が衰えるのです、核兵器も持てる体制にしておかないと近隣諸国にバカにされます、皆さんには申し訳ありませんが国としては手放すわけにはいかないのですというような本音をさらけ出してほしい。   
2015年8月10日
作家高見順は1907年生まれだから、敗戦の時は38歳。1943年に陸軍報道班員としてビルマへ派遣されたものの徴兵にはならず、以後鎌倉に住む。
たびたび上京しては敗戦にいたるさまを直視し、日記にとどめていった。
玉音放送の日に妻が「ここで天皇陛下が、朕とともに死んでくれとおっしゃったら、みんな死ぬわね」といったのに対し、「私もその気持ちだった。」と書いている。
そこは庶民と落差がある。庶民のほとんどは死ななかったと思う。
けれどその他の記述には現在をも射当てることががあちこちにある。

「金のない者は結局、こうして身動きができず、逃れられる災厄からも逃れられないのだ。東京の罹災民は、みなそれだ。金持はいちはやく疎開して、災厄からまぬがれる。」

1945年3月12日の日記。
現在だって、金があり地位があり自由のきく人は、まっさきになりふりかまわず逃げて生きのびる。
2015年8月9日
「誰も皆悪くないのというひとも鶴の首なら折ったはずです」
「霜柱 一匙すくい朝礼の生徒みたいだキラキラと泣く」
「コスプレの少女ふはふはとかたまつて売られる兎のやうに地にゐる」
「動物園に雨降る午後は声もなく廃墟に降りたやうな鷲の眼」

ある日私は2冊の歌集を立て続けに読んで不思議な思いにとらわれた。
一体世代差ってなんだろう、感覚とか意匠とかに差は出てきても、人の核の部分ではそれほどの差はないのでは?
新時代への感応はいつでもあるが、過剰感応はやがて淘汰される。
だがそれらを濾過したのちに透視できる部分つまり核、それは案外脈をうち合うものではないか。
引用作の最初の2首は藤本玲未『オーロラのお針子』、後半2首は馬場あき子『記憶の森の時間』。
藤本は1989年生れで24歳、馬場は1928年生まれで85歳。その差61歳だが、100年単位でみたらやっと半ばを超えたところだ。 
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