2014年9月アーカイブ

加藤典洋『人類が永遠に続くのではないとしたら』(新潮社)を読んでいる。
久しぶりに思想・哲学書の扉を開くと肩が凝る。けれど、微視を疎かにせず、巨視へ挑もうとする熱い気息が伝わっきて、難解ながらも引き込まれていく。
「Ⅲ日本から世界へ」に来たら、なるほどと納得するところがあった。
それは日本とアメリカの関係。「原爆投下こそ、アメリカの権力者たちが、今なお日本を自分の勢力下から手放すことのない究極の理由なのではないか」という仮設を立てる。
原爆投下を謝罪していないアメリカ、赦すといっていない日本。日本はアメリカからの糾弾なしに核攻撃できる権利を保持している唯一の国だ。他方、日本はアジア諸国にしっかり謝罪していない。謝罪できない日本の保守的権力者の逃げ場は、アメリカしかない。 
これが加藤の論理だ。わかるようでわからない日米の関係、それを解く糸口が一気に鮮明になった。
(9月30日)
岩手県水沢は馬の産地。
水沢公園には競馬場もあった。小1のとき、はじめて競馬を見た。その場面を絵に描いて、コンクールに出展したら、特等賞を得た。
やがて競馬場は北上川河畔に移り、規模も大きくなった。実家から歩けば30分の距離。早朝に散歩を兼ねて、何度も見に行った。
ただしギャンブルには全く興味がない。早朝をトレーニングする馬を見たくて。
それはそれは、美しい。長い首を伸ばし、鬣を靡かせ、尻尾を流すさま。
この世へ届けられた、神の贈り物とさえ思われる。
なぜ急に、馬のことを書き出したか。昨夜、宇多喜代子句集『記憶』に、

「山茶花に沿う馬の首うつくしき」

を見つけた。
そして今朝、前田夕暮『収穫』に、

「馬といふ獣は悲し闇深き巷の路にうなだれてゐぬ」

を見つけた。
夕暮の馬のほうは悲しい。けれどただの獣とはちがう存在感がある。「獣」というさえ失礼な気がしてくるではないか。
(9月29日)
俳句の人はよく吟行会をする。連れだってあちこちへ行く。動物園、水族館、美術館、デパートなどなど。在来線に乗って、見知らぬ町に降り立つというのもある。
めいめいが句を作り、時間になると持ち寄る、そして合評会かつ打ち上げ会だ。短歌でも、俳句ほどでないが時々ある。
私はこの吟行会なるもの、ほとんど恐怖だ。なぜならば歩き回っても、立ち止まっても、ことばが浮かんでこない。したがって1句も1首も出てこない。
私は歩き、眺めるときはなんの目的もなしに、ただ全身を解き放ちたい。1句をひねり出そうとして、眉間に皺を寄せるなど、ずばり苦痛。
私の場合、嘱目の景物が歌になるには、時間を要する。景物の大概が濾過されて、たった1つが不意に蘇ったりする。それしか自分には策がないと、とうに諦めている。
句誌で吟行の記録を時々みる。ほとんどがほどほどの出来なので、少しは安心する。
(9月20日)
9月15日は敬老の日。この日が近づくと高齢者の数が発表になる。1昔まえは100歳を越えた人に敬意さえ覚えた。
ところが全国で5万9000人いると知って、驚きと同時にため息がもれてしまう。
そういう自分も去年から敬老会の資格が出て、町内の祝賀会に初参加。今日も役員をやっているので行ってきた。なにしろ会場は秋保温泉、湯につかり、豪華な食事をし、元気はつらつの演芸会となる。そのエネルギーを目の当りにして、だれが老人なの?と首を傾げてしまう。
けれど招待される資格者(70歳以上)は、町内だけで491名だそうな。そのうち参加者は73名。本当に慰労してあげたい人は、こういう席にも出てこれない。
なんだが、こちらは偽老人の気分になってくる。
すみません。
実際、自分が老人だとはとても思えない。体は徐々にがたがたなのに、心のほうがうまく歩調を合わせてくれないのだ。
(9月17日)
健康保険証の裏側には「臓器提供に関する意思を表示することができます。記入する場合は、1から3までのいずれかの番号を○で囲んでください。」とある。
脳死になったとき臓器を提供するか、心肺停止後にするか、どれもだめとするか。
生き返る見込みが薄いなら、少しでも新鮮なうちにどうぞ役立ててくださいというのが、私の考えだった。
しかしこれには、ほとんど本能的な拒否反応がある。
春日いづみ『八月の耳』(ながらみ書房)の「棗の実」の章。半年ぶりに息子に会って食事、息子が支払う場面がある。

「支払へる息子の財布よりふとのぞくドナーカードは見なかつたことに」

一首おいて

「死後硬直まだなき身より採りいだす臓器の温み思へば震ふ」

が出てくる。この感受性こそがふつうだ。
だのに臓器移植法はふつうを超える。ここにどんな文明的圧力が働いたかと、1首をまえに考え込みはじめた。結論はまだない。
(9月11日)
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▲湖底から引き揚げられる車と釣り人

秋日和。車でサイカチ沼へ。渇水がつづいていたので、沼の底もかなり露出している。それでも釣り人は、わずかな水に糸を垂れている。
沼沿いを走り、森を抜け、秋保まで行くつもりだった。
ところが通路の途中に「通行禁止」の標示。しかもパトカーと警察官の姿が。
何事か。
渇水した湖底から乗用車が現れ、引き上げ作業をしているのだった。
数年まえにも同じような事件があった。そのときも今回も発見したのは、釣り人。
泥まみれの車にロープを掛け、重機が少しずつ引き上げていく。窓を拭う警察官。
そこから40メートルと離れていない場所には、釣り人が立ち、平然と糸を垂れる。
一方には、死に追い詰められた人の悲劇があるのに、他方には、のんびりと糸を垂れる釣り姿。このあまりの落差はどうしたことか。 
けれど、釣りに来て車を発見し、通報した人が、その後を釣りする以外なにができよう。
(2014年9月8日)

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▲雑草の繁茂する荒浜。白い建物は、荒浜小学校。

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▲荒浜。存在を証明するかのように置かれた石。

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▲仙台港の風景。

青葉山トンネルを抜けて、市街地へ。
市街地を抜けて、七郷へ。
やがて南北へと連なる東部道路。
ここをくぐるとき、いつでも胸苦しくなる。風景は一気に変貌、無数の車や船がころがり、解体された家屋の破片が泥にまみれて散乱する。
あれから3年半の歳月。除塩された稲田は黄金色になり、新しい宅地の工事も進む。
しかし人の住めなくなった荒浜地区は、雑草が繁茂するばかりで、廃墟そのもの。
さらに30分走り、仙台港へ。
この地区には大型工場や商業施設がひしめく。どれもが甚大な被害を受け、ガス爆発さえ起きた。
それらの大方が復旧し、震災の痕跡はない。港にも大型船2隻が停泊し、重機が往き来する。
どちらにも同じ時間が降ったはずなのに、町が丸ごと消え失せたところ、復旧して何事もなかったように始動しているところ。このあまりの落差に、体がふらついてくる。
無重力感覚って、こういうのかも。
(9月5日)



近くの丘にあるスポーツパーク。人工芝を敷き詰めたサッカー場が広がる。
そこに行って、中高生の試合を見るのは楽しみだ。
今日も某高校のチームが練習している。あまりにも人数が多いので目算したら、100人近い。
これは、これは。
レギュラーに11人選ばれたら、あとは補欠、または二軍ということだ。
私は甲子園に出場経験のある高校に勤めていた。野球部顧問とも話し合うことも多かった。以下、その内容。

「顧問として一番の苦労は補欠対策。3年間、同じように猛練習しても出場できない。そういう子たちが投げやりにならないようにするには、どうするか。わが子を試合に出してほしいという熱心な親の圧力もあるから、そちらのなだめ方も大変。レギュラーからはずれたことを恨んで、マスコミにスキャンダルを売り込むのもそういう親。甲子園以前の前哨戦をどうやり抜くか、これが顧問の大事な務めなんだよ。」
(9月3日)
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