2014年7月アーカイブ

宗教の暴力性を口にして、思い出したエッセイがある。
木下長宏「〈失われた時〉を見出すとき(104)」(「八雁」2013年1月号)だ。
木下氏は、古今東西の文物について博識の人。エッセイは宮沢賢治の宗教性を主眼にしているのだが、その過程でユダヤ教・イスラム教・キリスト教を、また小乗仏教・大乗仏教を視野に入れる。

「それにしても、なぜこんなに、世界中の宗教は分裂し、分裂した他宗会派を憎むほどに拒絶しなければいられないのだろうか。」

と問う。
賢治も宗教という活動の抱える暴力性について考えなかったはずはない、だが答を見つけられないまま死んでいったというところで、エッセイは終わる。
賢治は、父親や親友へ改宗を迫った。それは暴力性の表れだ。他方、「銀河鉄道の夜」は異教を超えている。
宗教が深いところに孕む暴力性と融和性、この大きな主題を提起したところで賢治は早世してしまった。
(7月22日)

旧約の「レビ記」には、身の毛のよだつばかりの呪いがくり返し記されている。
もしあなたたちが私の掟を軽視し、命令を守らず、契約を破るなら、

「心せよ、わたしは必ずあなたたちに対して以下のことを行うであろう。すなわち、わたしはあなたたちの上に戦慄を下し、衰弱と発熱を起こさせて、両目をかすませ、体をやつれさせるであろう。」(山我哲雄訳)

というぐあい。
掟さえ守れば平和を与える、だが破ることがあればその報復は倍返しどころか、七倍返しだ。

「罪の七倍分、あなたたちを懲らしめるであろう」

が何度もくり返されている。
聖書だから聖なる書――という先入観は、一気に打ち砕かれる。ヤハウェ(神)がこんなにまで呪いを語るには、それなりの長い歴史があるのだろう。目下の私にはそこまで理解が届かないが、掟を破るものへの容赦ない処断、すなわち暴力性が宗教にはあるといえるのではないか。
(7月22日)
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▲お台場の景観。
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▲お台場の景観。

東京の大井町のホテルに2泊し、そこから地下鉄で短時間のお台場へ足をのばしてみた。 
初任校の若柳高校時代、この近辺の印刷会社に生徒の何人かが就職した。その職場訪問が目的で上京した。
ちょうど日曜日で会社は休み。生徒はよく釣りをするのだという、工場裏の海に案内してくれた。岸壁に坐って糸を垂れながら、東京にもこんな牧歌的なところがあるのだと、心の安らぐ思いがした。
その東京湾。
地下鉄から地上に出た視界にいきなり飛びこんだのは、宇宙都市そのものの景観だった。高層がいくつも立ち並び、観光船も往き来する。
全体が統一されていないようでされており、ビルの色も多彩ながら調和がとれている。
吉本隆明はかつて、景観といえば自然を語りがちだが、都市だって十分に美しいのだと力説したことがある。
そのことに納得。
海に近いレストラン。ベランダに出て、四方の景をしばし堪能した。
(7月15日)



春以来『左千夫全集』第一巻「歌集」を読んでいる。それと並行して、永塚功『伊藤左千夫』(桜楓社)も。
子規後、「アララギ」の中心となるのは左千夫だが、やがて茂吉や赤彦と対立するようになる。
それが表面化するのは、茂吉の

「木のもとに梅はめば酸しをさな妻ひとにさにづらふ時立ちにけり」

が契機だと、永塚は書いている。
左千夫の批判は、言語の配置に妥当性を欠く点、感情を表すに自然なことばがない点に向けられる。これまでの「アララギ」の尺度からすればもっともだが、茂吉にしてみれば、新感覚の発露を抑えがたかった。
同じような事態は、現歌界でも進行中だ。「穂村弘の歌はわからない」がそれを象徴する。
確かに穂村以降「わからない」歌がふえ、その勢いは現在もとまらない。うたうときの基層に、ズレが生じてきたのだ。
「左千夫対茂吉・赤彦のアララギ内部論争」がこの現在(いま)と重なり合ってくる。
(7月13日)

私は全国紙では「朝日新聞」を、地方紙では「河北新報」を購読している。「朝日」は全国紙のなかでも震災と原発の記事は多いほうだが、「河北」の量に比べたら問題にならない。
ちなみに今日の「河北」を開くと、1面に「わが防災減災」の連載記事があり、「あすへ 3・11掲示板」には、

「大切な人を亡くした方のわかちあいの会」「気仙沼 被災者支援特別行政相談所」
「ふくしま復興支援フォーラム」

などなどが満載されている。
他の紙面にも震災関係の記事はいくつもある。
あまりに多くてうるさいと感じるかどうかといえば、それは全くない。生活に密着しているからだ。
しかし遠くに住んでいる人には、わずらわしさが出てくるだろう。
このような落差を避けることはできない。原発がほとんど解決しないのに、再開・推進しようという動向にも、「日本脱出したし」の思いが募るばかり。
今日の私は、いつになく滅入っている。
(7月12日)
詩誌「左庭」28号に、山口賀代子さんが「「幽霊」であっても会いたい」を書いている。京都の神社で突然怒声が起きる。
「そんなん関西に関係ないやん」。
月1回開かれる東北復興支援「ひょっこりひょうたん島ワンコインコンサート」の案内板へ浴びせた声だという。
「もしかすると、あの女性も何かとてつもなく大きなものを失ってああして叫ばずにいられなかったのかもしれない。」
山口さんはこのように書いている。
もしその場に私もいたなら、怒声に憤り悲しみついには虚脱するだろう。この女性は思慮に欠ける面があるにしても正直なだけだ。被災圏の耳には「そんなん関係ないやん」が、すでにあちこちから聞こえる。そして何事もなかったように事はどんどん進んでいる。
このあまりにも大きな落差。
被災圏から距離を置けば置くほど、落差自体が見えなくなっているだろう。
日本列島など、たかが知れた範囲だというのに。
(7月12日)
まず「連作八首」から、1人1首ずつ厳選してみる。

「文明がふくらみ風に人格を与えて回転扉が回る」(藤原愛美)
「こんなはずじゃなかったみたいな形して道路にかわく蛙の死骸」(安良田梨湖)
「傘を閉じるタイミングにも条例を ひとりぼっちの空間にいた」(上本彩加)
「もぎたてのあかいトマトは心臓の味がするからすぐに食べない」(三村美菜子)
「玄関のフローリングに寝ころべば違う速さで冷えていく耳」(山田成海)

1首目は、回転扉の回るさまを描く。「文明がふくらみ」は、いきなり観念的だといえなくもない。だが、この強引さにかえって引きつけられる。
2首目は蛙の死骸。「こんなはずじゃなかったみたいな形」に、なるほどと納得する。
3首目、傘を閉じるとき近くにいる人は危ないから、条例がほしいということか。下句と飛躍がありすぎるのでは。
スペースがなくなったので、今回の寸評はここまでにします。
(7月10日)
大学の短歌クラブが立派な歌誌を出すのには、驚く。いったい、この予算はどこから捻出する?部員たちが負担できるとは思えない。学校で助成金が出るのかも。
自分の学生時代は政治の季節、「短歌」というだけで反動と勘繰られた。だからこちらは、隠れキリシタンのように作るほかなかった。 
ところが今は、立派な学生歌誌の続出。隔世の感ありだ。
多くの歌人の脂ののった作歌活動は、20歳前後。したがって学生歌誌は、貴重な宝庫の可能性がある。「岡大短歌2」を今日読んで、その感を新たにした。
できるならどの学生歌誌にも、感想をお伝えしたい。けれど読んで感応するのが精一杯で、それ以上の時間も体力ものこされていない。今更ながら悔しい。
せめて「往還集」の場に、思うところの一端でも記していきたい。この世のブログは億単位、目にとめてもらえるチャンスはほとんどないだろうけれど。
(2014年7月10日)
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▲ネムの花が一斉に咲きだした。

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▲小高い丘の上に設置中の「雲の上の発電所」

二階から見下ろせる位置に、ネムの大木がある。花が一気に開き出した。ほんのりした綿毛の淡い紅色、まるで天のややこ稚児たちがささめき合っているよう。
この静けさとは対照的に、町内の空地では次々と建築が進んでいる。地盤が強固で、大震災でもびくともしなかった。その情報が伝わって移住希望者がふえた。被災経験の人も多い。
屋根々々には太陽光パネルが急増している。小高い丘には巨大な発電所も目下設置中。その名も「雲の上の発電所」だ。
私も一昨年パネルを設置した。効果はてきめん覿面。電力料金はこれまでの半分、季節によってはほぼゼロになる。
原発事故の不安にさらされてきたから、放射能への拒否感は強い。この民意はもう後戻りしない。
だのに政権は原発再開へ向かって前のめり、海外セールスまでやっている。一歩も進めないでいる被災者がいっぱいいるというのに。 
ネムの花を愛でながらの、今日の所感です。
(7月7日)


今さら大人げないという雰囲気がいつの間にかできて、多くの人が口ごもるようになった。九条そして天皇制について。閣議決定を期に、年来の考えをはっきりさせておきたくなった。
私は九条をよしとする非戦派である。武器、軍隊を持たないことによって滅ぼされるというならその運命を甘受する。
また非天皇制派でもある。この制度はないにこしたことはない。しかし敗戦時に廃止の決定的チャンスを失った今、暴力的手段で廃止をめざそうとは考えない。
「象徴」天皇がさまざまな面で問題をはらんでいるのは確か。
が、現天皇は矛盾に中吊りになりながらも、現在のスタイルを造りあげてきた。だから非天皇制派たる自分も、現天皇・皇后に対しては敬意を覚える。
もし保守の改憲案のように「元首」に戻そうとしたなら、天皇・皇后は辞退すると思う。制度上できないといくらいわれても、心のなかでは辞退すると思う。
(7月4日)
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