2013年9月アーカイブ

娘が小さいころ、人形をよく買ってやった。リカちゃん全盛の時代。着せ替え服、その他の付属品まであるからけっこう高価になる。 
女の子といえば人形、この観念はいったいどこからやってくるのだろう。
ところが小学の中学年に差し掛かるあたりから、急に人形嫌いになり、すべてをゴミにして捨てようとした。逆にこちらが可愛そうになって、こっそり保存、いまでも大小合わせて30ぐらいは書斎に飾ってある。
娘は祖母から贈られたお雛様も嫌うようになった。生きているようで怖いのだという。 
こういう受け止め方、特殊かと思ったらそうでもないとがわかってきた。「女の子=人形好き」の方程式はウソで、人形嫌いがけっこういた。
たしかに薄暗い部屋に入り、無言、白い肌、しかも見開かれたままの両目に出会えば、大人だってたじろぐ。
まちがいなく人形という〈物〉だというのに、魂だけは冴えかえっている!
(9月10日)
朝に少しずつ読む『結城哀草果全歌集』も『樹蔭山房』まできた。
そのなかの一首、

「社会的に専ら身を挺し働き叙勲受けしかど家庭的には手落ちもありき」

これは78歳の作。旭日小綬章を受けたのは前年のこと。いまや一歌人を越えて、山形の名士だ。
ただし栄誉をまとうにつれて、作品の質は衰えている。創造はやはり、精神の負に発する産物なのだ。ただ、妻とは必ずしもうまくいかない時期があったらしい。「手落ちもありき」とは正直。
また茂吉の弟子だけあって好色でもある。そういう歌を見つけたときの楽しさは格別。

「一つ蚊帳に床を並べしをとめごの枕べに照る夜半の月かげ」(『まほら』)
「柔肌に女の憂(うれひ)つつみつつにほへつ汝(なれ)の手とりたのしも」(同)

これなどあやしい。

「きみの背の黒子は愛しき星なれば夜ふけ近寄るせつなきまでに」(『樹蔭山房』)

これも十分にあやしい。〈名士〉なのに堂々と収録するとは、なかなか。
(9月9日)
朝の4時過ぎからテレビのまえに坐った。外は地を叩きつけんばかりの大雨。この時間に起きるのはいつものことだが、せっかくだからオリンピック招致の結果を見届けんものと。
私は今回の招致騒ぎには、半分も関心がない。なにしろ三陸の復旧は遅々として進まず、福島第一原発の汚染水漏洩にも有効な手立てがない。お祭り騒ぎはそれらの隠蔽につながりかねない。
プレゼンテーションで首相が、状況はコントロールされていると発言したときは、こんなウソを公言していいのかと呆れた。
だのに第1回の投票で、東京が1位。最後にイスタンブールと決戦し、大差での勝利がころがりこんできた。ロゲ会長が封筒を開け、「TOKYO」と一言発したとたんの、割れんばかりの歓声(その影の萎れんばかりの悔し涙)。 
こうなった以上は、首相も本気で汚染問題を「コントロール」しなければ国際的ウソつきになってしまう。
  (9月8日)
秋月祐一『迷子のカピバラ』(風媒社)は本人の歌と写真からなる歌集。「最近では出色のセンスだ、感想を本人に直接伝えたいなあ」と思いながら、繁忙にまぎれてそのままになってしまい、いつしか半年。
この間、妙に心にかかって離れない一首が浮沈する。

「ラッシュアワーの電車を降りた少年にひよいと渡されたハリネズミ」

少年とは何者、なぜ行きずりの人間にハリネズミを渡したのか、そもそもハリネズミとはなにかーー。
もしかしたら少年は異界から来て、これから現実界へ入るのかもしれない。ハリネズミとはその通行券で、だれかに渡すことによって入場できる。受け取った方は逆に異界への通行券ともなる。
賢治「水仙月の四日」では雪童子が子どもにヤドリギをぷいと渡す。あれも現実界と異界の交信を可能にするふたりだけの印。
この寓話を重ね合わせると、ハリネズミの世界がいよいよふくらんでくる。
(9月7日)
議事堂前にあふれる脱原発のデモ。小程度とはいえ放射能被害圏にいる私も、心はデモの一員だった。
ところがあのとき、烏合の衆として嫌悪感を示す人たちがいた。そのことがずっと気にかかっている。原発の恩恵を受けているくせに東電だけを悪者にして、〈脱〉運動に迎合しているというのだ。
嫌悪者には、戦中派がいる。
梯久美子は「池田武邦」の章で、「当時の世の中では、戦争にかかわった人間イコール悪人でした。」と池田の弁を記している。特に兵士となった少し上の世代に対する、一歩の差で出征を免れた下の世代の非難は厳しかった。「命を捨てる覚悟のなかった者たちがいまになって何を言う」と内心怒っても、反戦こそが是となった世の中では太刀打ちできなかった。
このときだ、一夜にして正義面に転ずる多数への嫌悪感を刻み込んだのは。
嫌悪感の源にある、大衆迎合への危機感。それは冷静に理解しておきたい。
(9月6日)
炎暑もひとまず終わろうしている。畑仕事には、もってこいの季節だ。周辺に自生するコスモスも咲き出している。
今年も気候によってうまく育たない野菜があった。
反面、大豊作のもある。黄と赤のミニトマト、これは数本植えただけなのに、8月末にバケツ3杯分の収穫。しばらくしてまた2杯。それでもまだ終わろうとしない。
当然、こんなに食べられるわけがない。かといって捨てるのも惜しいので、ジューサーにかけ、ビニール袋に小分けして冷凍庫に入れる。それをパン食のときに出し、蜂蜜、リンゴ、バナナなども加えてジュースにする。われながら上出来の味。
カボチャもなかなか元気だ。雑草をとっては畑の隅に積んでいくが、いつの間にか小山になった。そこに去年、不要カボチャを捨てておいたら、勝手に芽を出し、ツルを伸ばし、ごろんごろんの大きい実に育った。この生命力には、ほとほと脱帽です。
(9月5日)
方言歌の元祖は誰だろうか。

いしょけめに
ちゃがちゃがうまこはせでげば
夜明げの為が
泣くだぁぃよな気もす

をはじめとする方言歌が賢治には何首もある。だから彼が元祖という説もあるが、真相はわからない。
方言語には共通語とは別の味わいがある。それが短歌になるとなおさら印象付けられる。笹井宏之歌集『八月のフルート奏者』(書肆侃侃房)に方言歌を見つけたときはうれしかった。

「夢に出てきんさるとは珍しか三回忌やったねタケ子ばあちゃん」
「冬ばつてん「浜辺の歌」ば吹くけんね ばあちやんいつもうたひよつたろ」

笹井は1982年佐賀県生まれ、2009年に若くして永眠する。小さい頃からおばあちゃんには、とりわけめごめごされて育ったのだろう。だからおばあちゃんに語りかける歌は、ごくごく自然に方言になる。そこに人と人との温もりも生じる。
方言には身体性があるということだ。
(9月4日)
トラック島といえば、戦中の前線基地。敗戦が迫るにつれて食糧輸送が断たれ、多くの日本兵が餓死していく。
金子兜太は海軍主計将校として、そこへ赴いた。上官に矢野武主計中佐がいて、金子に句会をやることを奨める。参加者にはイモ飯のライスカレーがふるまわれたという。
私はこのことを、かけはし梯久美子『昭和二十年夏、僕は兵士だった』(角川書店)で知った。はじめは海軍だけだったが、陸軍でも開くようになる。
「無駄なものを全部削ぎ落とし、意味だけ追い求めれば、生きるエネルギーも同時に削がれてしまうことがある。」極限状態でも句会をやめない連隊長について、梯はこのように記す。
私は宮柊二の場合を思い浮かべる。柊二も上官から歌の話をしてはと奨められが、彼はしなかった。
もしかしたら前線での歌会は無理かもしれない。句会だから開けたのかも。両形式の思わぬ差を、いきなり考えはじめた。
(9月3日)
新日本歌人協会の「夏季セミナー」が、昨日仙台会場で開かれた。私も招かれて、「被災圏と短歌表現」の題で話をしてきた。会場一杯の参加者の熱気に感応しつつ、われながら充実したひとときだった。
質疑になって、「遠くにいながら震災詠を作り、割り切れない思いをしているが、この問題をどう考えたらいいか」という問題提起があった。
私の考えは以下の通り。「当事者と非当事者は要するに被災地からどれだけ距離があるかによる区分けですが、私は全く問題にしません。直接関わらない所にいても、心痛を覚えることはあるわけですから、歌になっても不思議はありません。この問題を最も鋭く突きつけられるのはむしろ被災圏においてです。一番の当事者は犠牲者にほかならない。たまたま命長らえたものが詠うのは生者の傲慢ではないか、無念の沈黙に応えるほどの作品となっているかどうかを問われつづけています。」
(9月2日)
『短歌』2013年9月号に王藤内雅子「「文学部」」が掲載されている。大学の文学部の先生のようだ。

「英文科・国文科潰し「言語学科 英語コース・日本語コース」

にはじまり、

「「文学部」には目玉商品おまへんねん定員割れにて改組解体」
「資格至上主義蔓延のこの国か「文学部」には戦力外通告か」

とつづく。

「郷愁(ノスタルジー)と嗤(わら)ふ勿(な)かれ文学は全ての学問の土壌であります」と、援護の気持ちも表明される。  
私の見聞きする大学の文学部も、ほとんどかくのごとし。ときどき「文学部」とか「日本文学科」の看板を目にすると、エッと驚くしまつだ。
かくも衰退してしまったのは、資格の取れない学部では就職できないからだ。「無用こそ有用」などと悟っているゆとりは、すっかりなくなった。
ところが文学館関係の講座も、短歌・俳句の集まりも依然として盛会だ。この落差はどうしたことか。大いに不思議がっていいのではなかろうか。 
(9月1日)
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