2013年3月アーカイブ

鬼房顕彰全国俳句大会のシンポジウム。パネラーは田中亜美、神野紗希、矢本大雪、宇井十間、関根かな、司会大場鬼奴多各氏。どの人も生の鬼房を知らないという。作品だけで鬼房をイメージしてきたことになる。だから従来の代表作とは別の句が、「パネリストの選んだ3句」には次々と出てくる。
田中選「虹消えて暗い尾鰭が疾走する」、神野選「青年へ愛なき冬木日曇る」、関根選「やませ来るいたちのやうにしなやかに」などなど。
これはいいことだ、下手に生の鬼房を知るものよりも、新しい面が発見できる。作り手は誰でもいつかは消え、作品だけが残る。後続のものは作品だけを読む。そのときどういう世界が触覚されるか、これが勝負だ。
ところで自分も発言を求められて、生の鬼房に触れた体験をもとに、彼の内に住みついているアテルイの精神を少し語った。
あっ、俺、いつの間にか旧い人になっていると思った。
(3月24日)
今日は塩竈で第6回佐藤鬼房顕彰全国俳句大会。シンポジウム「鬼房とみちのく」を聞きたくて、本塩竈に降りる。
あの日、ここも例外なく津波に襲われた。それでも比較的被害が軽度だったのは、湾に点在する島々のおかげだ。とはいえ、湾沿いの「シオーモの小径」に並ぶ文学碑はすっかり倒されてしまった。賢治は塩竈を「シオーモ」と命名した。その名に由来する。被災店舗は仮設の復興市場となって、肩を寄せ合っている。賑わいを取り戻すのは、まだまだ先だ。
しばらく湾沿いを歩き、また戻って何度か来ている寿司屋の「すし哲」に入る。ここは外人さんもよく来る老舗だ。浸水してしばらくは閉店したが、5カ月後に再開にこぎつけたという。
昼時の客が次々に来て、「特上!」と注文する。自分もつられて「特上!」と注文する。舌にのせればとろけるような触感。犠牲者への供養の思いもこめて、一皿いただいた。
(3月24日)
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▲パネルデスカッション。左から、小高賢、栗木京子、柏崎驍二、久我田鶴子、本田一弘。

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▲会場を埋めた参加者。

昨日は、現代歌人協会主催の短歌集会「3・11はどう表現されてきたか」。
会場の「福島テルサ」は会場前から列ができ、熱気も伝わる。こういう会を待望する人が、いっぱいいたのだ。
自分の出番は鼎談で、他に高木佳子、吉川宏志両氏。
これに先立って数日まえに映画「遺体 明日への十日間」を観た。原作は石井光太『遺体』。釜石をルポした作品だ。あの日が一瞬にして甦り、泣けて泣けてしかたなかった。
2年たった現在は、表面では何事もなかったような平静ぶり。だが実は一人一人に内化しているのだ。
ここを語ることばをどのようにして手に入れるか、それが文学の課題になっているーーというようなことを思いながら壇上に立ったが、

「3・11の場面に立ち、自分がゼロになった、これからどういう哲学を構築するかが迫られている」

と語るのが精一杯だった。
頭上から注ぐライトが、しきりに眩しかった。
(3月10日)



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