2012年12月アーカイブ

またまた糞尿の話。
私は現職のとき、保健部の仕事を多くした。トイレ掃除は業者に委託する趨勢になっていたが、最後に勤めた学校は珍しいことに生徒の当番がやった。はじめはけっこうきちんとやるので感心。
が、時代と共に手抜きの風潮が出てきて、たちまち荒れ出した。数日放っておくと、まるでゴミ捨て場のような状態になる、男子トイレも女子トイレも。
自分は全校集会などで全員が体育館に集合している折に、全校のトイレ掃除をはじめた。ゴム手、前掛け、長靴、マスクを用意して。もちろん女子トイレも分け隔てなく。それ以前からゴミやたばこ拾いを日常的にやっていたから、延長上のこととして。
汚れきった便器を洗浄すると輝くばかりの白さになる。便器は「ありがとう」と礼をしてくれた。
「学校でなにがあっても、もう怖いものはない」と肝が据わったのは、トイレ掃除をするようになってからだ。
 (12月13日)
自分が子どものころは、農家の人が肥桶を車に積んで家々の糞尿を集めにきた。金肥が普及するまで、それは続いた。
5年生まで在籍していた前沢小学校には、畑の実習日があった。校舎の裏は長い坂道。登り切ると一面の台地が広がる。うわのはら上野原という。学校耕地はそのなかにある。
実習日には、2人1組になって、かつぎ棒で肥桶を運ぶ。これは4年生以上の仕事。教室から解放されて、遠足気分だ。あまりにふざけすぎて、駕籠担ぎのように走りだし、坂道で肥桶をころがすのもいる。桶の中身は下へと流れてしまうからまたまた大騒ぎ。
台地一帯は、広々とした菜の花畑だ。花の色は混じりけのない黄色で、目の覚めんばかりの明るさ、無数のヒバリも鳴きしきる。菜の花のにおいは、どことなく糞尿に似ている。そのなかをタプンタプンさせて担いでいく。 花と肥桶の匂いと臭い。
いまでも一面の菜の花を見ると嗅覚が甦る。
(12月9日)
なみの亜子は、西吉野の山間集落に住みついてから10年になる。新歌集『バード・バード』にはその住環境と日々の生活が色濃く反映されている。なかに、

「汲み取り代一万一千円を支払いぬ糞するくせにしないふりすんな」

があって、思わずにじゅうまる◎をつけた。
水洗トイレの都会生活では、便は一気に暗黒へと吸い取られて跡形もなくなる。金銭がいくらかかったかなんて、考えもしない。ところがなみのさんの所は汲み取り方式。糞のしまつのための金銭もまともにかかる。これでは「私は糞のことなんかしりません」と白を切るわけにはいかない。
人間はどんなに隠したって、糞尿をする存在である、そのことを生の根本に据えなければならないーーと、大仰にいっているわけではないが、この歌はそういう根の所在を確認していると思う。
もし糞尿が下賤だとするならば、なによりも人間が下賤だということになる。
(12月9日)
「塔」12月号の「編集後記」に永田和宏は書いている。
「いろいろな仕事を断ってはいるのだが、それでもそろそろ私の許容量をオーバーし始めている。」
それはそうでしょう、睡眠が3~4時間ではねえ。歳を考えてもっとスリムな生活にすべし、そうでなければある日突然ガクンと折れて、取り返しのつかないことになる。
というようなことを家内に茶飲み話にしたら、即座に「ひとのことばかり、いってていいの」と逆襲されてしまった。あれこれの仕事を抱えこんで、ひとつ終われば次へかかってしまう、ぼんやりしている時間がほとんどないと評される自分。やっとぼんやり時間になったと思うと、かたわらの毛糸かごに手がのび、こんどは編み物に熱中してしまう。
これではイケマセン。同年代の人も次々とあの世へ往っているではないか。次は誰の番?
というわけで来年度の目標は、ぼんやり時間を増やすことです。
(12月6日)
『佐佐木信綱歌集』を朝々に読んでいる。信綱は自分の生活(たとえば仕事や家族)の具体をあまり表に出さない。そのためどうしてもとらえどころのない感じがしてしまうが、時々顔を出す子どもの歌は実に生き生きしている。
『豊旗雲』から。

「夜舟こぐ父にそひゐしむつ六歳の児はころりと臥して早寝入りたり」
「をさなきは松山道をめづらしみ拾ひし松かさを手より離たず」

『鶯』から。

「手をとればふたあし二足三足よちよちと歩みそめたり真赤なる靴」

『椎の木』から。

「交番の上にさしおほふ桜さけり子供らは遊ぶおまはりさんと」

『山と水と』から。

「いきいきと目をかがやかし幸綱が高らかに歌ふチューリップのうた」

こういう具合。特に孫をうたうときの純朴このうえない喜びようは、どうだろう。名士として第一線に立ち、それなりの苦悩も避けがたかった信綱にとって、子どもの世界は、すぐ身近にあるこのうえない解放空間だった。
(12月1日)
「歌壇」の連載評論山田富士郎「評伝 會津八一」、川野里子「空間の短歌史」は毎回読みごたえがある。完結が待たれる。
その他の評論で、「これはいいところを突いている」と思ったのを拾遺してみる。

「新たな想像はゼロからは生まれない。創造には学びが必要である。」(盛田亭子「小沢蘆庵における伝統と革新」「歌壇」12月号)

「自分自身の心はみずからも知り得ていない深く豊かな混沌の沼であり、容易には表現できないものであろう。」(伊藤一彦「「難しさ」が楽しい」『短歌』12月号)

「家族は、家族としてのみ、この世にいるわけではない。たまたま縁のあった他者である。そこから時代や社会を覗ける窓でもある。」(花山多佳子「存在のオーラを」同)

「どんなにささやかな素材でも、天啓にも似た唐突さで人生や〈私〉について教えてくれる。」(島田幸典「一首の背後にあるもの」同)
(12月1日)

2013年1月号から3回、『短歌』の「作品月評」を担当することになった。短歌総合誌4冊を対象にして作品を評するのだが、この際評論類も全部読んでおこうと決めて、今日やっと終わったところだ。
とかく評論は読まれない、出版しても売れない。しかし捨て置くには惜しいのもいっぱいある。それが長い間の気持ちだったので、数年まえに「短歌往来」の編集長に「評論月評」をやらないかと提案した。OKとなって、1年目は自分が担当した。
実際にやってみると、読むだけでかなりの労力だった。が、その分随分収穫も大きい。今回の対象は作品だけだが、自分の勉強のために4誌全ての評論も読むことにした。内容は歌中心だが、歯ごたえのある評論には、必ずジャンルを越えた普遍性がある。そういうのに出会ったときの充実感は、読む疲れを忘れさせる。評論もまた作品にほかならないと、再認識させてくれる。
(12月1日)
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