【往還集140】40 野の花

前沢(現奥州市)は南から北へと細長い町並。そのの背後は低い山つづきで、登りきると一面に台地が広がっていました。戦後になって引き揚げ者が続出し、幾棟もの長屋が台地の一角に造成されました。転入してくる同級生もいます。多くが極度の貧困、弁当を持参することもできません。おひる時間には教科書で顔を隠しているか、校庭で遊んでいるかでした。ある日体育から教室に戻ってきた一人が「あれ、弁当がからだ」と叫びました。以来、たびたび弁当事件は起きましたが、とうとう犯人が見つかります。同じクラスのSさん。前々からさまざまな物がなくなるので、噂は立っていましたが、弁当は現行犯。当時私たちは登校時間の早さを競いあっていました。その日は自分が一番、と思ったらすでにSさんが。Sさんは野の花を廊下の竹筒に活けてまわっていました。いつも季節の花の飾られているわけがわかりました。
(1月3日)

【往還集140】39 1粒の砂以下

新年所感として、人類の価値などと大それたことを口にしたばかりですが、他面では以下のようなことも考えています。世界には核廃絶を訴え運動しつづけている人たちがいる。アフガンの地に根を下し、地道に活動しているペシャワールの会もある。もっと焦点を絞って身辺を見ても、雨の日も風の日も新聞配達してくれている人がいる。早朝の町内を一巡りしながらゴミ拾いしている人もいる。その他、目に見えないところで善のことを〈善〉としてでなくふつうのこととしてやっている人は、いっぱいいる。それなのに「人類の価値ありやなしやなどと、具体を一気に脱落させ、抽象に走る議論に出てもいいのだろうか。正直なところ、これが私の矛盾です。全宇宙で地球は1粒の砂以下でしかない、だのに人間があくせくと生きるのにどういう意味はあるのかにとらわれたのは高校生の日。あれと裏返しの矛盾というべきかも。
(1月3日)

【往還集140】38 人類の発展・続

こうなると原発工事はおいそれとできなくなる。それでは儲けないので、国のトップが海外へセールスに出かける。原発のみならず核兵器はあちこちにあり、所有した国は廃絶へ向かおうとはしない。このような状況を目の当たりにすればいやでも「やがて人類は亡びると悲観せざるをえなくなる。ただし地球も亡びるわけでない。人類絶滅のあと、放射能にも耐える生物が出現し、地球史のほんの1頁に「人類史」を書き加えるかもしれない。ところが汚染された地球を脱出すべく、他の星を探したり、人造の星を造るという案もある。仮にそれが可能になったとしても、全人類が移住できるとは思えない。だれが移住するか、抽選するか、政治力・金力によるか、それともノアの方舟同様、神におまかせするか。だがまてよ、そのまえに問うべきは、「人類にはそこまでやる価値があるの?」だと思う。以上、新年の所感です。
(1月1日)

【往還集140】36 人類の発展

最近読んだ座談会で1番興味を覚えたのは「人工知能は短歌を詠むか」(『短歌年鑑』平成30年版)です。参加者は小島ゆかり、坂井修一、森井マスミ、永田紅、中島裕介の5人。そのなかで坂井はSF作家アシモフの考えを紹介しています。私はアシモフを読んだことがないので、紹介をもとにいえるだけですが、地球が原子力で汚染されたとき地球にこだわっていては人類の発展がない、地球の外へ移る以外ないとロボットが計算するーーというのです。核に汚染されて人類は亡びるというのは、つい先日まではSF世界のことでした。しかし福島原発事故以来、単なる空想ではすまないと考えるようになりました。1回の事故で広大な地域に放射能は飛散し、多くの人に危害を及ぼす。そればかりか核のゴミを無害化するには10万年単位の歳月を要する。3・11をきっかけに露呈したのはそういう大問題です。
(2018年1月1日)

【往還集140】36 身自ら

世間の3・11への関心は、時間とともにどんどん衰退しています。7年もたつのだからそれはそれでよい、どんな事もいつかは忘れ去られていく。ただし、たまたま当事者だった人たちが、わが身のこととして反芻し、なにが問題だったのかを自問する時間はのこりつづけます。私でいえば、2010年にPAS検査を受けており、異常なし。それが3・11をはさんで急上昇。もちろんこれだけで因果関係は立証されませんが、同年代の人たちに会うと相当数が身心に異常を抱えていることがわかります。目下福島県の子どもたちは甲状腺がんの検査を継続している。避難に際しての死亡、疾病も問題になっている。が、3・11の問題はそこだけに留まるわけでない。重い被害を受けなかった人たちにも広く異変は出ている。私自身もそういうなかの一人。であるなら腰を据えて3・11を身自ら生きてみようと思っています。
(12月31日)

【往還集140】35 最後の書かも

今年の3月に歌集『連灯』と、評論集『宮柊二『山西省』論』をほぼ同時刊行しました。『連灯』は「短歌研究」に連載したのを中心にまとめ、3月に出す予定となっていました。『山西省論』も「路上」に連載していたのが完結したので、たまたま同時期に出すことになったのです。ところが私は前立腺がんPSAに引っかかり、1月からホルモン療法に入りました。時を同じくして2つのゲラが届いたので、場合によってはこれが最後の書になるかもと覚悟しながら校正を進めたのです。以来1年になろうとしてPSAの数値は下がり安定しつつありますが、生の時間に限度があることを自覚する機会ともなりました。最近は、もしまだ時間がのこされているなら、宮柊二論3部作として『小紺珠』論をやりたいと思いはじめています。けれど知力、体力がどれだけあるか、それが問題。「どうなんだい?」とわが身に打診中です。
(12月31日)

【往還集140】34 ホントとウソ・続

『君の膵臓をたべたい』!なぜ胃とか心臓でなく膵臓なんだという「?」が渦巻く。タイトルにつられて買う。読みはじめたらやめられなくなった。高校で同じクラスの社交的で人気者の山内桜良、その逆の孤立型でネクラの志賀春樹。ひょんなきっかけから桜良が膵臓病で余命1年であることを知る。それ以来の凹凸のある交際。こういう設定は「愛と死を見つめて」の大ブームを通過したものにとって目新しいことではない。それなのに展開のウソッポさというか、劇画や劇場映画の台本っぽさというか、そういう展開にはまっていくではありませんか。そういえばーーと、私の思いはいきなり飛躍したのです。トランプ大統領のニュースをほとんど毎日見ていますが、もしかして映画「トランプ」を観覧しているのではないか、あの髪、あの目、あの手、あの口。ホントとウソの境界がもう消え失せてしまったのではないか。
(12月31日)

【往還集140】33 ホントとウソ

今日は大晦日。この1年間で特に印象的だったことを話題にします。私は『短歌』1月号から半年間「歌壇時評」を担当することになり、あれこれの本や雑誌を読んでいます。興味深いことがつぎつぎに見つかるのですが「この件は「往還集」でなく「時評」へまわそう」などと考えることもあります。けれど「往還集」と『短歌』の読者層が重なり合うわけではない、仕分けなどしないで書いていいのではないか。で、まず住野よる『君の膵臓をたべたい』(双葉文庫)についてふれます。ふだんはジュニア小説にまったく疎い自分。作者はもとより文庫部門で年間ベストセラー第1位だとも知らなかった。だのになぜ手にしたかといえば、松村正直歌集の『風のおとうと』を考えていたから。この歌集には食に関わる不可思議な歌が出てくる。それらを読み解くヒントになる本がないかなあと探していた目に、いきなりーー。
(12月31日)

【往還集140】32 国家とは・続

私は日本人の両親のもとに生まれ、国籍も日本人。けれどいきなり国家の一員としての精神また義務を押し付けられはじめると、どうもついていけない。そもそも日本に生まれたのは自分の選択によることではない。それでも日本が好きかどうかと問われれば、これまでは好きと答えることができた。なんといっても憲法九条が誇り。もう戦争をしなくてよい殺されなくてよいと、安堵感を覚えたのです。ところが最近の動向は??だらけ。なりふしかまわず改憲へまっしぐらではありませんか。改憲派の人はよく「敵に攻められたらどうする」と詰め寄る。しかしそもそも敵を作らないのが九条。それでももし攻められたら、一定の防御はする。それでも相手が攻めこむなら、無抵抗を貫き犠牲死もいとわない。それが九条の態度であり、自分もそれを「よし」
とするのです。このことを一度はきちんと表明しておきたかった。
(12月19日)

【往還集140】31 国家とは

ヘーゲルの『歴史哲学講義』を読んでいることは、さきにも触れました。今頃になってヘーゲルを読むなんてといわれそうですが(事実私の読書力は昔から弱くてずっとずっと嘆いてきたのですが)、読み進めるにつれてその壮大な構想にはまりこんでいる昨今です。この書はベルリン大学の講義をもとにしたといいます。講義開始が1822年、日本でいえば1823年にシーボルトが長崎に来航、翌年にはイギリス船が来航という時代。だのにヘーゲルの視野は驚くばかりに広い。もっとも、処々に疑問がないわけではない。「歴史における理性とはなにか」の章に語られる国家観もそのひとつ。「国家とは、個人が共同の世界を知り、信じ、意思するかぎりで、自由を所有し享受するような現実の場です。」「人間のもつすべての価値と精神の現実性は、国家をとおしてしかあたえられない」ともある。この信頼に満ちた国家観!
(12月19日)
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