【往還集140】30 秋から冬へ

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▲仙台文学館裏の森林公園。紅葉に囲まれた白いイス。

今年の紅葉は例年になく美しかった。
機会をとらえてはあちこちに出かけ、存分に堪能しました。
とはいっても特段の名所というわけではない、たとえば仙台文学館裏の台の原森林公園、熊ヶ根の水道記念館庭園、広瀬川や名取川の上流、その他。どこに行っても赤や黄の色は一段と冴えていました。
それもそろそろ終わり。
木々の葉は赤銅(あかがね)色になり、少しの風にも舞い落ちるようになりました。
12月も目前、もう1度近辺の山を歩き晩秋を味わってこようと出かけてきました。
月山池にはもうカモの群が浮かんでいる。雲の切れ目から洩れ出る日の光が、雲の移るにつれて湖面を滑っていく。山道をおおう落葉は、1夜の霜もとけて、さながら厚手の絨毯のよう。釣り人はあちこちの岸辺に腰を下し、無言の時を過ごしている――。
という具合に、「往還集」
では何度もサイカチ沼、月山池をとりあげてきましたが、ついついまた。
(11月29日)

【往還集140】29 短律

最初の赴任校若柳高校は木造校舎。図書室は講堂を改造しただけの、薄暗くて陰気な部屋でした。
たまたま手にとった俳句講座の本に西東三鬼を見つけてびっくり仰天。さらに

尾崎放哉「墓のうらに廻る」
橋本夢道「うごけば寒い」

にはノックアウトされました。
俳句のイメージがすっかり覆されたのですから。
こういう句を短律または短律句ということをあとで知りました。
時はいきなり今の今。
西躰かずよしの『窓の海光』(風の花冠文庫)を読む機会を得ました。短律句集です。

「枕もとに置く夜の銃声」
「まぶしい声の背中だけある」
「あしのうら素足で確かめる」
「百合の折れてひかりへあるく」
「冬の旅終わり海へ帰る」

などなど。
短律句は、作者の境涯がわからないとイメージを固めにくい。
それを承知で表現をここに賭ける禁欲性また潔さ。
私はそれをヨシとする。
木造図書室の空気と短律が今でも重なり合います。
(11月28日)

【往還集140】28 定禅寺通り、6階

今日は宮城県短歌賞の発表会及び批評会。会場は定禅寺通りに面した旧県民会館6階。同時刻に第37回全日本実業団対抗女子駅伝もある。
晩秋の並木道、わずかの微風にも枯葉は間断なく散り、それはそれは幻想的。
歌会は1時開始。
やがて駅伝も通りかかる。
割れるような歓声・マイク音、そして上空のヘリ。
せめて窓から見下したい、けれど会場内はだれもが真剣。評の役を負っている自分が観戦するなどとんでもない。
私は不思議な感覚を覚えるようになりました。
外部では熱戦が繰り広げられ炎上しているのに、それとはまったくかかわりのない空間が成立している!
けれど、もし行事が駅伝でなく軍事パレードだとしたなら〈かかわりのない空間〉にこもることが許されるだろうか、とうていダメにだろう。
そんな時代がふたたび来るだろうか、来ないとは断言できなくなったなあとひそかに思案したのでした。
(11月26日)

【往還集140】27 松平修文氏

今朝の新聞訃報欄に松平修文氏を見つけました。
直腸がん、71歳。
いきなり寂寥の底に蹴落とされた思い。
病と伴走していたことは王紅花個人誌「夏暦」でわかっていました。

「不治の病であろうが何であろうが、夫は毎日少しも休まずに仕事をする。既に別荘の周囲では、秋の花が咲き始めている。私も気をひきしめて、勉強してゆきたい。」(46号)

この号の発行は9月25日。
松平氏がこの6月に刊行した歌集『トウオネラ』にも

「現在(いま)為し得ることあらばせむ 身を病むことは既に忘れつ」
「ゐなくなるほかないのだな 街のどこへ行きても雨垂れのおと満ち満ちて」

など遠からぬ死を覚悟した歌があります。
彼の幻想性をたたえた作品世界は、他の追随を許さない不可思議さがいつでもありました。
さて、こちらの持ち時間もあとどれぐらいかは不明、以後可能なかぎり気をひきしめて勉強しようと思いました。
(11月25日)

【往還集140】26 「誤字をさがせ」

私の職業は高校の国語教師でした。
学校には数回の考査があります。そのたびに監督が割り当てられる。
監督は暇。
時間つぶしに他教科の問題も見ることになります。
こういってはなんですが、けっこう誤字があるのです。特に多い先生のもわかります。しかし生徒は騒がない。
ただし国語の問題のときは1字のまちがいでも、鬼の首を取ったように大騒ぎする。「国語の先生だってうっかりミスはある」なんて弁解してもダメ。
その対抗策として「ボーナス問題」を最後に加えるようになりました。
わざと誤字をまぜて、

「問題文から誤字を見つけ、正しく訂正しなさい、すべて当てた人には10点加えます」

というのです。
この追加問題に生徒は夢中になりました。なかには正式の問題が難しいのでこの1問に賭けるのも出てきた。
副産物としてカンニングが激減。誤字探しに時間がかかり隣をのぞいたりする暇がなくなったからです。
(11月23日)

【往還集140】25 誤植

「誤植は出版の華」と公言してきました。どんなに校正してもまちがいは出る。殊に最も信頼できないのは著者校。書き手本人には思いこみがあって、とかく見逃しが出てしまう。
そこで出版のプロに委ねることになりますが、完璧というわけにはいかない。それを知るゆえに誤植には寛容なのです。
ヘーゲルの『歴史哲学講義 上』(岩波文庫 長谷川宏訳)を読んでいたら、誤植の話が出てきました。
中国最大の叢書『四庫全書』を乾隆帝が刊行。

「誤植の訂正にあたる委員会は皇太子が委員長をつとめ、みんなが目をとおした作品はあらためて皇帝のもとにおくられ、あやまりがあればきびしく処罰されます。」

とあるではありませんか。
学問をこのうえなく尊敬した皇帝の逸話として紹介されているのですが、誤植があれば処罰とは、怖ろしや怖ろしや。
私の首はもう100、いやそれ以上飛んでいることまちがいありません。
(11月23日)

【往還集140】24 「霧湧き降るを」

文学研究の精緻さについていうなら賢治が第1ではないか。
時々「自分の考えは新説ではないか、確かめてくれ」と頼まれることがあります。
残念ながら研究終了済み、勢いこんだ人をがっかりさせてきました。
ただし短歌と文語詩分野はまだ謎が多い。目下「NHK短歌」で私が監修しつつ若手歌人に賢治短歌を鑑賞してもらっています。今回

野うまみな
はるかに首あげわれを見る
みねの雪より霧湧き降るを

をとりあげました。
季節は春、場所は岩手山麓。残雪が春の気温にとけて霧を降らせたという景。
はたと、疑問を覚えました、気象上こんなことがあるだろうかと。
そこで盛岡在住の研究者、賢治記念館、盛岡の気象台、小岩井農場資料館などなどへ問い合わせました。
その結果霧も靄も残雪から降ることはない、これは賢治の空想ではないかというのが最有力の説。
賢治研究にも完璧のないことを痛感しました。
(11月11日)

【往還集140】23 プロとアマ

編み物の本・雑誌も随分手にしました。プロの手による作品の精緻さ、斬新さには何度も感嘆しました。
けれど衣服の主要な要素を「実・美・愛」においてきた自分は、曲芸のような手編みに嵌まりこもうとはしませんでした。
実用性を第一とし、それなりに美しく、そして作り手の愛がこもればそれでいいのだと。 
こうして毛糸と編み棒をかたわらにする日々を重ねるうちに、いつしか老眼の度が上昇。
同時に熱気も衰え、とうとう75枚目で休止してしまいました。
自分からいうのもなんですが、腕はプロ級。けれど本当にプロかどうかというとプロでない。プロならいやになってもつづけなければならない、歯を食いしばってもやらなければならない。熱が冷めたからといってやめるのは、アマでしかない証拠。
これは、あらゆる分野にいえることだと思いました。
最近また気が向いて1年半ぶりに再開。ただのアマとして。
(11月10日)
「野の白鳥」は、日本版では「白鳥になった王子たち」と訳されています。刑場へ連行される場面も、城への幽閉にかえられているのが多いようです。
小学生のとき私が読んだのもこれでした。兄たちのかたびらを編み上げたとき、鉄格子の窓からサーッと放ってやる、たちまち人間に戻る11人。
この場面が気に入って長く記憶することになりました。
話は一気に飛躍します。
私が最初の手編みセーターを完成させたのは1987年です。
たちまちとりつかれてしまった自分、「よし、100枚編もう、達成したときにはサーッと放つ代わりに作品展をしよう」と思い立ちました。
このとき「野の白鳥」がイメージとしてあったのです、11枚どころか100枚を空中に放ったならどんなに爽快だろうと。
以来、オリジナルのデザインによる模様編みにはじまり、白バラ・ネコ・縄文・風景などなどの編みこみも作成していきました。
(11月9日)

【往還集140】21 「野の白鳥」

アンデルセンに「野の白鳥」があります。粗筋は以下のよう。

南の国の王様に11人の男の子と1人の女の子エリサがいた。
実母死去後にやってきた継母は、子どもたちの虐待をはじめる。
末っ子のエリサは田舎の百姓にあずけられ、王子たち全員も白鳥にされてしまう。
兄たちを救うには、イラクサで11枚のクサリカタビラを編まなければならない、しかも完成まで一切無言。
ある日、狩にやってきた別の国の王様がエリサを見つけ、あまりの美しさに城へ連れて帰る。
しかし魔女だと語る者がおり、火あぶりの刑に処せられることになる。
刑場へ送りこまれようとするとき、ついに11枚が完成。
白鳥たちに投げ掛けると、元通りの美しい王子になる。
1番下の王子のかたびらはすっかり仕上がらないため、羽をひとつ持ったまま。

この最後はちょっとしたジョーク。エリサは正式に婚礼をあげることになるという話です。
(11月9日)
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