【往還集140】20 おちばはきびと

蔵王連峰についに初雪。
桜通りも落葉がはじまりました。葉が落ちるにつれて街灯も顔を出し、真っ直ぐに連なっていきます。
この季節は、私が1年ぶりにおちばはきびとになるとき。勝手にわくわくしてきて、倉庫の熊手を取り出すのです。
家のすぐ向かいは六丁目公園。
机に向かうのも疲れ果てた夕近く、おちばはき人となって作業をはじめます。
たちまち山になる落葉。公園の隅に造った落葉集積所にどんどん運びます。腐葉土になったら、入用の人は自由に持って行っていいことにしています。
さて今年はいままでにないことが生じました。
幼い子から小学生までの6、7人が「やらせて、やらせて」と寄ってきて、毎日のように手伝ってくれるのです。
そればかりか、山となった落葉のうえに上って、トランポリンごっこをはじめました。 
木々を見上げると、そろそろ裸木。
おちばはきびとも、まずはお休みというわけです。
(11月8日)

【往還集140】19 まどろみ

前章を書いてから、はや1か月。この間、何事もなく平穏だったかって?
とんでもない、情勢は激動につぐ激動。
いわれなき解散を強行した安倍政権、時をおかず立ち上げられた希望の党、民進党合体の案が急に浮上し、自民政権倒壊の夢を1日だけ見せてくれる、だのに「踏絵」発言をきっかけに民進党は解体。
その他もろもろが短期間にどっと生じ、刺激の強さにこちらはトローンとした状態に陥る。
この間私の読んでいたのは滝川一廣『子どものための精神医学』(医学書院)です。
生れたばかりの赤ちゃんにとって、外界は未知なものばかり、未分化で混沌とした知覚刺激に囲まれ不安定このうえない、

「新生児は生活時間の多くをまどろんで過ごすことで、過剰な刺激から生じる不安や混乱から護られている」

と書いています。
自分が怒りまくる気にもなれず、トローンとなっていたのは、「まどろみ」と同じだと気づいたのでした。
(11月7日)
あくまでふだんおとなしい妻は、係員をつかまえて「本部はどこですか」と問う。
自分は本部があるなんて考えもしなかった本部テントは、てんてこ舞いの最中。
それにもめげずに妻は、腕章をした一人をつかまえる。
「落し物をしたのですけど」
「どんな物ですか」
「黒いショルダーバッグです」
「あ、サトウさんですね」
バッグは中身に手をつけられることなく、届けられていた。通りがかりの人が本部に持ってきてくれたのだと。
かくして事は一件落着。日本もまだまだ捨てたものではないと、しみじみつくづく思いました。
帰宅してから、今日をふり返りました。時間の一部がすっぽり抜けていることが、どうにも不思議でならない。頭脳感覚からも身体感覚からも、完全に脱落です。
こういうことは、これから何度となく起きる気がする、認知になったらなおさら。
今日の事は、そのための予行演習だったかもしれません。
(10月8日)
ショルダーバッグに入っているもの、財布・免許証・各種カード・診察券・玄関の鍵┅┅つまり自分の半身に相当するもの。
祭と気温の熱気でベストを脱ぐとき、肩からはずした、ベストは手提げバッグに入れた、そこまでは憶えている。けれど以後の記憶はすっぽりと抜けている。
いよいよ認知がはじまったか。
も一度引き返して探すが、あふれかえる人出で、とてもとても。
いっそのこと近くの交番へ行こう。
お巡りさんはあちこちに問い合わてくれる、しかし何処にも届いていない。
やむなし、紛失届を出して帰ろうとして気づいた、金も駐車券も持っていないことを。急遽、妻に連絡、金を持って国分町交番に来てくれと。
タクシーで駆けつけた妻に「紛失届を出したから家に帰って連絡を待つことにする」という。
ふだんはおとなしい妻が毅然として「もう一度探すべし」と断言、自らすたすたと人ごみへ歩き出しました。
(10月8日)
ソフト部の子、生徒間でも絶大な人気があってキヨちゃんと呼ばれていました。
進路相談で将来の目標を聞くと医者になると断言。
しばらくして、経済的にきついから病院の掃除婦になると訂正。
結局卒業後は足利市の設計事務所に勤めて結婚。その地からガリ版刷のはがき通信を出しはじめた。一部は「路上」91号に掲載してあります。
ところがある年、くも膜下でいきなり不帰の人に。
悔しくて悔しくてーー。
そのほか、細倉に関わる思い出は楽しい事悲しいこと、どちらも多い。
寺崎英子写真展に引かれたのも、細倉の思い出がつまっていたから。
一枚一枚、目をこらして最後の一枚まで見る。
さあ帰ろうとしたとき、何だかいやに身が軽いなあという、妙な感覚に襲われました。 
そこで全身を確認。
あっ、手提げバッグはあるのに、ショルダーバッグがない!
いったいどこで手放してしまったのか?
ここからが今日の主題です。
(10月8日)
細倉鉱山は宮城県北の奥地にあります。東北本線石越駅で降り、栗原電鉄に乗り換えます。その終点が細倉でした。
駅に立ったとたん風景は一変、鉱山特有の尖った黒山が林立し、あちこちからは蒸気も立っています。
初任校若柳高校にはここから通う生徒が何人もいました。
最初に担任したなかに体の大きな男の子がいた。芳しからぬ素行が重なり、転校を強いられる(実質は退学)ことになりました。その相談に細倉へ家庭訪問しましたが、すでに遠い親戚に送り出された後でした。
退学の話が出たとき、なぜ自分は「もう少し様子を見させてくれ」と懇願しなかったのかと、長い間悔やみました。
同じクラスに桁外れに楽しい子もいました。一番の成績で入学してきてソフト部に入部、体の鍛錬といって深夜の細倉を発ち、夜明けに学校到着。そのまま朝練。それでいて成績はトップクラス。
けれど今日の話題はこの事ではない。
(10月8日)
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▲定禅寺通り、ケヤキ並木の下のYOSAKOI

さてYOSAKOIも開演時間。
まずは市民広場へ。
舞台ではすでに多数が登壇、所狭しと踊りまくる。観客席も熱気上昇。
しばし見てから、定禅寺通りへ移る。
こちらはケヤキの木洩れ日を身にいっぱい浴びての演舞。
いつしか秋とは思えぬ暑さに。
重ね着していたベストを脱いで手提げバッグに入れる。
このときの自分の持ち物は、ショルダーバッグと手提げバッグ、それに首に吊るしているデジカメ用ポシェット。
ついでに近くのメディアテークにも寄ってみよう、「細倉を記録した寺崎英子のまなざし展」をやっているから。
この写真家を自分は知らなかった。展示パネルには、白黒写真による細倉の風景や住人の生活姿がいっぱい。作者紹介によると、1941年旧満州に生まれる、細倉閉山がわかって撮影をはじめるが、多数の作品をのこして2016年5月、75歳で死去したと。
けれど今日の主題はこの事ではない。
(10月8日)
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▲東北大片平構内のメタセコイア並木

東北大片平構内へ。
大学は教養課程と専門課程に分れていて、2年ずつ川内と片平に通いました。
したがって私にとってどちらも青春の地。50数年まえと同じ校舎や樹木を目にすると、さすがに懐かしさがこみ上げます。
やっと屋根に届くぐらいだったメタセコイアの並木も、今や天空へ届かんばかり。
けれど川内も片平も懐かしいばかりではない。
60年安保後をなお燻る反体制の動向は、学内に根強くあり、集会・デモをくり返していました。
そういうなかで何人かは精神の病を負い、何人かは退学し、何人かは自ら命を絶っていきました。
構内に立つたびに、彼らの面影が若い日のまま甦ります。
私もまた反体制側に身をおき、精神的緊張を何度も味わっていましたが「もう学生の身分は終りにしよう、あとは社会に出て考えよう」と決断し、卒論「太宰治『人間失格』論を提出して卒業。
けれど今日の主題はこの事ではない。
(10月8日)
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▲閉店した熊谷書店

一番町を過ぎて東北大北門の方向へ。
途中はにぎやかな古書店街でした。
学生たちがまだ本を読む時代だったのです。ここではじめて買った本を、よく憶えています。吉本隆明『抒情の論理』。
吉本の名を知っていたわけではない、本気で短歌をはじめようとしていたので「抒情」一語に引かれただけでした。
けれど寮に帰って「エリアンの手記と詩」を読み、

「〈エリアンおまえは此の世に生きられない おまえはあんまり暗い〉」

のフレイズにうちふるえました。
夏休みに帰省し、東京の大学に進んだ同級生が「ヨシモトは、ヨシモトは」とまくし立てるので、はじめて果敢な闘争者と知ったのです。
以来、『民主主義の神話』をはじめとする本を読みに読むことになりますが、その出発点がこの古書店街。
その後次々と消え、「熊谷書店」も9月30日をもってついに閉店。長い間、ご苦労様でした。
けれど今日の主題はこの事ではない。
(10月8日)
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▲一番町壱弐参横丁の前

秋日和。
黄葉のはじまろうとするケヤキ並木。
並木と並木の間には、限りなく澄明な青空が。
願ってもない「みちのくYOSAKOI日和」。
1998年、当時高知大生で宮城県出身の学生が立ち上げ活動をはじめた。それがきっかけとなって年々盛り上がり、いまや全国各地から参加する大イベントに成長。
子どものグループ、若者のグループ、中年のグループ(さすがに高齢者のグループはまだない)が、華麗な衣装を身をまとい、空間いっぱいにはじけ飛ぶ。
久しぶりに心行くまで見物しようと街へと向かったのです、例によって早めの時間帯に。開始まで時間がある。
一番町を北から南へと歩く。
「壱弐参(いろは)横丁」まえのベンチに休むと、曲が流れてきた。
今日は「青葉城恋唄」でなく小田和正の曲。小田ファンの私、きっとキラキラしたいいことあるに違いないと、勝手に予感。
けれど今日の主題はこの事ではない。
(10月8日)
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